第181期 #7

江口君のこと

 「ぐっとこねー」が口癖だった江口君が逮捕されたことを知った。万引きしたゲームソフトをブックオフで売った罪だそうだ。本当は窃盗罪なのだろうけど、それを教えてくれた母に何度聞き直しても「万引きしたゲームソフトをブックオフで売った罪」という言い方しかしないので私の中で彼はそういう罪で捕まったことになっている。
 万引きしたゲームソフトをブックオフで売って、江口君はぐっと来ていたのだろうか。もちろん悪いことだけど、それで江口君は少しはぐっと来たのだろうか。ゲームソフトを万引きするときと、万引きしたゲームソフトをブックオフで売った時とでどちらがぐっと来ていたのかどっちなのだろう。セキュリティが厳しい中で万引きをしおおせたらぐっとくるのだろうか、そうまでして盗んだゲームソフトが査定で思いのほか低かった場合はあまりぐっと来ないのだろうか。店員に見つかって別室に連れていかれたときはぐっときていたのだろうか。常習性が問題となり量刑が重くなったことを知ったときはぐっと来たのだろうか。せめてもっと大きな犯罪でもすればぐっと来たのだろうか。
 口癖だったといっても、それは私と彼が小学校の1年間過ごした間だけのことで、江口君が万引きしたゲームソフトをブックオフで売ったのも、この前実家に帰ったときに母親に聞いた程度の話だ。江口君は奥歯をかみしめて自分のしたことを悔いているのだろうか。私の中の江口君はバスケットボールが上手いわけでもなく、勉強ができるわけでもなく、読書家でもなく、でもほくろは多かった。

「ぐっとこねー」
「どういう意味?」
「ぐっとこねーは、ぐっとこねーだよ、樫村」

 その後もしばらく彼は「ぐっとこねー」をつぶやき続けた。顔の輪郭はまだ出てくるけど、今会ったら多分わからない。当然恋愛感情などは湧かなかったし、クラスメイトという単語が一番似合った。そんな江口君が万引きしたゲームソフトをブックオフで売った。私はそのことを例えば今飲んでいる紅茶と一緒に飲み込んだりしないし、必要以上に舌の上で転がしたりもしない。でも今回のことは多分忘れないと思う。そういうことがあるってことを江口君にはわかってほしい。私が今こうやってあなたのことを考えている。それは迷惑な話なので私はこれをあなたに伝えることはしないけれど、そういうのって、なんか……いや、やめよう。



Copyright © 2017 テックスロー / 編集: 短編