第180期 #7

闇と光と

アパートの2階、通路の手すりにもたれ、腕の上に頬を乗せ住人達が出て行くのを見る。
隣の部屋のドアが開いて住人が「おはよ。いってきます」とこちらに言って、タンタンとテンポよく階段を下りて行く。地面に足が付いたところでこちらを見て手を振った。何となく手を振り返す。
手を振る隣の住人の横を男性が、他の人とは逆に違って帰って来たのが見えた。2つ隣のドアが開いて、女性が一瞬こちらに嫌そうな顔を向けて足早に階段を下りて行く。
暫くして人の往来が無くなった。
ゆったりと体を動かして、ドアを開けて部屋に入る。カギを閉めて振り返る。振り返った先は真っ暗闇だった。一度目を閉じ、暫くしてからゆっくりと目を開けた。
人工的に作った真っ暗闇の空間はやはり人工的で、明るい日は陽の光が闇の隙間から漏れ入ってくる。
わずかな光で見える部屋の中をゆっくりと進み、ベッドに横たわった。暫くすると瞼が重たくなり、そのまま眠りにつく。

目を覚ますと、暗闇の中にまだ光が零れていた。
だるい体をゆっくりと起こして、ボーっとする頭のままベッドを降りて玄関に向かう。
ドアを開けて外に出ると、眩しくて思わず目を固く瞑ってしまった。たっぷりと時間をかけて目を開いて、徐々に光の強さに慣らす。
朝のように通路の手すりにもたれかかり、腕の上に頬を乗せる。
人の往来のないアパートの出入り口を眺める。そのうち視界がぼやけてきて、そのまま意識がなくなった。
遠くでバタンとドアの閉まる音が聞こえて、閉じてしまっていた瞼を開く。多分2つ隣に住む女性が帰って来たのだろう。いつもの迷惑そうな顔を思い浮かべた。
陽はもう落ちていて薄暗かった。凝り固まった体をゆっくり動かして、部屋に戻る。ぼんやり見える部屋の中をゆっくり進んでベッドに横たわると、自分の意思で目を閉じた。

急に明るくなって、ゆっくりと目を開けた。
「玄関、鍵かけろって言ったろ?」
視界に入ってきたのは白く刺す人工的な光。体を起こして声の主の方を見る。そこにいたのは隣の部屋の住人だった。隣の部屋の住人は、部屋の隅に追いやったローテーブルを部屋の中央まで持ってきて、コンビニの袋を置いた。
「もういい加減わかってんだろ? 死にたいと思って死ねるもんじゃねーんだよ」
言いながら、ガサガサと袋から弁当を取り出して蓋を開ける。
「だから、足掻いて、もがいて、生きて、死ね」
隣の部屋の住人はそう言って、目の前に箸を突き付けてきた。



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