第180期 #6

羊飼い

また、嘘を吐いた。息をするように。
前の自分は、嘘なんてつけなくて。それでも今はこんなにも簡単に嘘なんてつける。
だまし続けたのだ。大切だったあの人にも、家族にも、友人にも。ずっと嘘を吐いた。
最初は、罪悪感の塊が喉を通って苦しくなった。今まで真面目に生きてきた自分だ。嘘をつく事なんて無かったしそんなことをする理由も無かった。だから、喉が、大切だと思っていた人達の良心を嘲る様な嘘を吐く喉が、痛くて痛くてたまらなかった。だけれど、それを繰り返しているうちに、そんな正しい自分の感覚はどんどん麻痺していった。だんだんと重い重いその罪悪感が軽くなった。そして、最後にはそんなものあったっけ?と、感覚さえ忘れてしまった。
嘘を、吐きました。
そう、誰にも言えなかった。どんどんどんどん、それは溜まりに溜まって遂にはなんにも言えなくなってしまった。
嘘しか、つけなくなってしまった。 
笑顔で、吐く言葉が『嘘』をかたどっていく。最初は歪だったのに、段々と丸みを帯びて綺麗な形を作ることが出来るようになる。
そんな自分に嫌気がさして、溜まるストレス。でも、つき続けるしかなくなっていく。嘘を吐くことが、もう無いとどうにも出来ない。
ただ、独りで悩んで、どうにも出来なくて、堕ちていく。奈落の底。深い、真っ暗で何も見えない所に。
今更「助けて」なんて言えるわけなかった。何故なら、誰ももう自分が吐いた嘘を『嘘』とは思わないし、勘づくことができない。それほどに、私は嘘を上手くつくことが出来るようになった。
自分が憎くなる。
結局のところ、それをどうすることも出来ないほど小心者であった自分が。
嫌になる。
追い込まれすぎた状態になってまでまだにこにこと嘘を軽々しく吐ける自分が。
どうしようもなかった。
ただ、どうにも出来なくて涙がこぼれた。でも、それさえも隠れてでしか流せない私は、もうきっと。
嘘しかつけない。嘘でしか自分を表現するしかなくなっていった。
あぁ、と肩を落として力なく嗤った。
そうなのか。
私は『嘘』そのものになったのか。
いつの間にか、涙も消えていった。誰も、もう私の嘘にも、SOSにも気付かないだろう。誰も助けてはくれないのだろう。
それでも、まだ嘘をつき続ける私なんて。    



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