第180期 #8

遠い西洋

 女はにっこりと微笑んで私に包装紙にくるまれた品をプレゼントだといってさしだす。こまったな。私は何も女にプレゼントを用意していなかった。今日は女の誕生日だというのに。

「あけてもいいかね」
「どうぞ」

 私は丁寧に振舞うことが苦手である。包装紙をびりびりとひきちぎった。そこには赤と緑の縞々模様のパンツが丁寧におりたたまれてあった。
「あなたが白一色だということは十分すぎるほど知っております。そこをあえて踏みこんでみた次第でございます」
「ふうううむ。私は白一色と決めている。だが、今日この習慣をあらためてみたいと思う」
「似合うと思いますわ」

最初は少し抵抗があったことを私は告白したい。白以外をみにつけるなぞ、西洋以外のなにものでもないと思われたからである。だが今日は女の誕生日なのである。

「では、ここで服をぬいでもよいかね?」
「そうしていただけますか?」

私は一度全裸となり、赤と緑のパンツをはいてみた。

「なんだか元気がでてきたよ」
「それはよかったですわ」

 女はそう言ってからまくしたてるように言った。「男の人の白の下着には興ざめですわ」
「そうだったのか」
「ええ」
「赤と緑の縞々は白一色とはちがうというのかね」
「ええ。西洋的で」

明治からどれほど過ぎたことだろう。それでも我が国の西洋讃美は消え入ることがない。

「あなた、ポーズをとってくださいまし」
「どのような」
「岩をもってほしいのです」
「岩?」

 女は襖をあけた。そこには見事な大きさの岩がおいてあるのだった。女は岩の前までいった。その岩はみるからに重量のありそうな岩である。だが女は軽々とその岩をもちあげて、私のところにもってくるのであった。

「重くないのかい」
「この岩は実はつくりものの岩でございます。重量は生まれたての子犬ほどしかありません」
「子犬か……」
「ささ。どうぞ」

 私は女から巨大な岩をうけとった。女が言うとおりその岩はとても軽い。まさに生まれたての子犬のようであった。

「あなた、その岩をもちあげてくださいませ」
「よし!わかった」

 私はその岩をもちあげた。

「あなた、とっても西洋的ですわ」
「そうか、西洋的か」
「あなた、とってもステキ」
「そうか」

 私は岩を軽々ともちあげている。女はとても嬉しそうに微笑んで手と手を叩いてはしゃいでいる。西洋、東洋。その差がもたらす事実というものがたしかにあるのだ。

「なんだか元気がでてきたよ」
「それはよかったですわ」



Copyright © 2017 宇加谷 研一郎 / 編集: 短編