第18期 #6

マシナリ

 おれの言葉は枯れっちまった。
 静止したモニターの中では、仲間がおれの言葉を待っていた。でもおれの言葉は枯れっちまった。ゲームは止まった。おれはネットワークから落ちた。
 これは『マシナリ』というゲームだ。つまんないもんだ。適当に並べた言葉からイメージを連想して、ラップのように言葉を連ねていくだけの遊びだ。そこには予めゲーム・マスターによって定められたルールがある。ルールから外れた奴は自動的にゲームから弾かれる。おれは『マシナリ』のF級ランカーで、アマチュアとしてはそこそこのレベルだった。だからってわけでもないが、間違っても言葉が枯れっちまうなんてことはありうる話じゃない。まったくもってどうかしている。
 おれはキーボードに手を置いた。しかしたったひとつのキーを叩くことさえできなかった。おれの頭の中には研ぎ澄まされたクールな言葉たちがセットアップされている。すさまじいスピードでニューロンの迷路を駆け巡る。華麗なタップを今にも踏み出そうとする。それでなぜおれの手は止まったままなんだ? おれは考えた。指が疲れたか?
――どうしたの?
「トーコ」からチャットが入った。ネットワーク上でのおれのキャラクター「ジュード」と親しくしている女性タイプのペルソナだ。電脳世界での分身、プレーヤーが演じるヴァーチャル・ビーイングをペルソナと呼ぶ。
 なんてことない、ながら見してたテレビが面白くて、よそ見してたんだ、HAHA、おれは頭の中でキーボードを叩いた。だが現実のキーボードはまったく叩かれなかった。現実のおれは「トーコ」に答えたのに、「ジュード」は黙ったままだった。
――へんなの
 トーコがチャットから落ちた。
 おいおい、本当にどうしちまったんだ。おれは手をマッサージしてみた。だめだ、打てない。一文字も打てない。どうかしてるぜ。何があったって言うんだ? たかがゲームじゃないか。おれの言葉がどこかで革命でも起こすって言うのか? だが「ジュード」は何も答えなかった。心臓だけが早鐘を打つ。
 おれの言葉は枯れっちまった。
 どうしようもなく枯れっちまった。
 どこかの誰かさんがどこかの誰かさんに言った。
「そういう日もある」
 オ・ケー、オ・ケー、オ・ケー。
 それじゃ、冷たい雨が両の肩を刺し貫くとき、いったいどうすりゃいいんだい?
 カリカリとHDDが何かを刻む。それは間違っても、おれの心なんかじゃないだろう。



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