第179期 #9

虫のこと

 元気がいいで済まされていた新入社員のころからだいぶ月日が経ち、元気という言葉が威勢のよさに代わり、さらに年を重ねて誰にでもかみつく奴というレッテルのみが残り、南米原産の害虫が港で発見されてニュースになったその日から彼のあだ名はヒアリになった。飲み会の席などでは彼は女性経験がないことを揶揄われることも多く、茶化されて真っ赤になり持論をまくしたてる様子がますますそのあだ名を広めることとなった。

斉田さんはお盆休みは彼女と海ですか
いいなー
私も海行きたいなー
MUさんは実家ですか
「ハイ」
あー お土産期待しときますね

「それ僕の仕事なんですか」
そうじゃないけど、今彼女手が回ってないっていうし、手伝ってやりなよ
「職制通しての依頼ですか」
いや、通してないけど、彼女かわいそうじゃない、
お願いします…
「それやっぱり僕の仕事じゃないと思います、すいません、上通してもらえますか」

今月も残業とても多いよ
すみません、でも私は何とかしなきゃって思うんです。だって自分がやらなければ仕事が回らない…っていうのはおこがましいんですけど、頼りにされているのを感じて。あと、MUさんにこの仕事、できるのかなって
うん、でも彼ももう十年目だよ
はぁ……(溜息
「お先に失礼します」
お疲れ様…いい気なもんだな
わたし、もう少し頑張ってみます。…お菓子食べます?

「おはようございます」
ああ、MU、おはよう。この前の件だが、やっぱり手伝ってくれ。上には話を通しておく
「わかりました」
彼女、今日から会社に来ないよ
「」
昨日の夜彼女の母親から連絡があって

 MUは帰宅するとテレビを点ける。甕棺墓に埋葬される骨のような形で、もしくは胎児のレントゲンのような形で連日登場するヒアリ。画面が変わり過労で自殺した美人をめぐっての様々なやり取りを見るうち、MUは眠ってしまった。
 巣を刺激されて溢れ出すヒアリの夢から震えて覚めると、下半身がひどく汚れていた。目が覚めたら虫になっていたとしても、自分ならあまり驚かない自信があった。

 出勤すると給茶室が騒がしかった。以前帰省した時に買った土産の饅頭は、封を切られて放置されており、彼女の文字で「MUさんからのお土産です」と書いた付箋が張り付いていたが、誰も手を付けた形跡はなかった。給茶室の奥から聞こえる小声と視線を背中に浴び、少し腐臭のする土産物を嚥下し、MUは自分にまた毒がたまっていくのを感じた。



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