第179期 #10

家族

「ごめん、もう一回言って……」
続き間の居間側でリョウスケは、聞こえてたよね、と思いながら、仏間側でそう言った兄・シンスケをちらりと見る。シンスケは額を抑えていた。そんなシンスケの前には大量のカタログを挟んで妻のカナコが座っている。週末にカナコが家にいるのは珍しい。普段は、とにかく仕事が忙しいからと家にはほとんど寄り付かない。
それでも一生の買い物である家を建てようと思ったら、そんなことは言っていられないのだろう。毎週末きちんと帰ってくる。
「だ〜か〜ら〜、私、アイランドキッチンがいいの」
「アイランドキッチンって……」
リョウスケの耳に、隣に座ってお茶を飲む母の疑問の声と兄の感嘆の声が同時に入って来た。
たまたまテレビに映っていたCMの映像がそれだったので、母に「あんな感じのやつ」と伝える。「あぁ」と母は言ってお茶を啜った。
「俺はセパレートでいいけど」
「えぇ〜、なによそれ。せめて対面キッチンにしてよ」
「対面って……」
「私と話したくない?」
「いや、お前ほとんど家にいないじゃん」
「じゃ、テレビ見ながら料理できるじゃん」
「いや、料理中って結局テレビなんて見てらんねーし。俺は壁に向かってひとりでもくもく作ってる方が性に合ってんだって」
と最後の方はブツブツ言ってシンスケはカナコを見る。
「でも、子供ができたら絶対対面にしておけば良かったって思うわよ」
とカナコが言った瞬間、「子供?!」とリョウスケの耳にシンスケの驚きの声と母の喜びの声が同時に入って来た。
「えっ、子供できたの?」
シンスケがカナコにたずねると、カナコは「だから、できたらって言ったじゃない」と答えた。リョウスケの隣で母は残念そうに溜め息をついた。
「できたらって。もしかして、お前、子供欲しかったの?」
初耳ですけど? って感じでシンスケが言う。
「え、シンスケ、子供欲しくなかったの?」
こちらも初耳ですけど? って感じでカナコが言う。
「そういう問題? だったら、お前もっと家に帰って来いよ。一緒の時間なんて全然ないのに、実は子供が欲しいとかおかしいだろ」
「そう? じゃ、今から励む?」
「そうじゃないだろ。そもそも俺等今年でいくつだと思ってんだよ……」
シンスケが疲れた感じで言う。
「何言ってんの、生涯現役でしょ?」
「ちげーだろ……」

話が逸れていくふたりの会話を聞きながら、リョウスケの隣で母が「もうすぐ寂しくなるわね」と呟いて、お茶を啜った。



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