第179期 #11

リリーはキツネのリュックになる

全身が目玉なのに手足がついている。それはもはや目ではないと言ってもいいのかもしれない。ある人は彼を指して目玉のオヤジと呼ぶであろうし、ある人はルドンの目玉!というかもしれなかったが、その目玉は右手を黒い小箱のなかに突き入れてなにやらごにゃごにゃしているのだった。

「こんなんきました、リリーさん」

リリーさんと呼ばれたその人も普通ではなかった。まず口が額についていて、目がなかった。目がないことも口が額にあることも本人は気にしていたのかサングラスをかけ前髪を眉の上でそろえていた。鼻は西洋人のように高かったし、サングラスがよく似合っていた。目玉によばれるまでリリーさんは一枚の絵をみていた。リリーさんには目がなかったが、目がなくても心で物をみることは可能だった。

皿の上には花が盛られ、ブサイクなキリストがそれを眺めている。リリーさんはこの絵が好きだった。

目玉が両手に耳飾りと腕輪をもってきたので、リリーさんはまず耳飾りを手にとった。キラキラとダイヤモンドが眩しかった。もちろん光の乱反射をみているのもリリーさんの心である。耳飾りをそっと自分の耳につけてみたとき、リリーさんは耳飾りの気持ちをうけとった。どうやら耳飾りの持主の内面を崩壊させる事件が直前までせまってきていたらしい。

「理由のない悪意」

目玉がいった。リリーさんはうなづいた。リリーさんの片耳は真っ赤にふくれあがり、まるで林檎のようにふくらんでしまった。リリーさんは耳飾りが状況をかえるためにつかいはたした力についておもった。

「それで耳飾りはこっちにきたのか」

リリーさんは続いて腕輪をつけてみた。その直後、リリーさんの全身が疱瘡だらけとなった。穏やかだった彼らの住む家は真っ暗になり、屋根が吹き飛ばされ突風がリリーさんのサングラスをふっとばした。

「こいつは強烈だな…」

リリーさんは左手首の腕輪を右手でそっとにぎりしめた。腕輪もまた持主の多くの災難を感知し防衛すべく己のすべてを犠牲にしてここまでやってきたのだ。リリーさんはひさしぶりに前髪をかきあげて目玉に話しかけた。

「耳飾りも腕輪も同じ持主よね? こんなに備品に尽くされる持主も珍しい。どれ、あたしもあってみたくなった。よろしくおねがいね」

リリーさんは宙にうかんだ。そしてキツネのリュックになった。目玉は目でにっこり笑って人間の着ぐるみを着ると、1人の青年となってリリーさんを背負って家をでた。



Copyright © 2017 宇加谷 研一郎 / 編集: 短編