第179期 #8
誰も話さなくなった日の終わり、私はそれが夜だということに気付いた。
どこかに落としてしまったマフラーについて考えていると、ぽつんと街灯に照らされた自販機を見つけた。誰も話さない夜は寒く、気を抜いたら凍ってしまいそうだった。温かい缶コーヒーがある。手を伸ばす。でも止めた。なぜなら温かい缶コーヒーは温かくなくなる。今の私は冷えが、例えスチールにでも染みていくという事実を受け入れることが出来なかった。隠れたマフラーもそう。
私は用済みだった。寒さを感じる。帰る。家に。
玄関を開けると部屋が翳っている。静かだ。誰もいない。気を抜いたら誰かがわっと押し入ってきて、全てをひっくり返してしまいそうだった。靴がひとつ、無造作に置かれている。向きをきちんと揃えると、踵の辺りが少し湿っている。私は笑う。「君の言いたいことって何?」