第179期 #7

訪問

 おじさんの家を訪ねたのは、ほんの気まぐれだった。ときどき出張で近くに来てはいたのだが、もう十年は会っていない親戚の家にわざわざ行こうと思うだろうか。前に会ったときおじさんはすでに高齢であった。今日行かなかったらもう会う機会はないと無意識に思っていたのかもしれない。
 おばさんを数年前に亡くしたおじさんは、寂しさを胸の奥に見え隠れさせながらも、以前のように威勢よく、よくしゃべった。根っからの江戸っ子であった。軽く微笑んで相づちを打つ僕は、いろいろなことに思いを巡らせてどこか油断していたのだろう。
 「ガラガラ」と表につながるガラス戸が開き、学生服の線の細い少年が顔を出した。おじさんはおかえりと言った。孫だと言い、会ったことがあるだろうと言った。ひざの上にのせてとった写真があるはずだと。
「大きくなったねえ」
思わずそう口にしていた。

 いったいおっさんというものはなぜ大きくなったねえと言うのだろう。こっちはお前のことなんか覚えていないし、そりゃ何年もあってなければ大きくなって当たり前ではないか。なぜおっさんは当たり前のことをさも驚いたように叫ぶのか。おっさんという奴らは。そろいもそろって。だがそんなこと言うわけないし、リアクションに困ることこの上ない。愛想笑いでも浮かべてフェードアウトするしかない。毎度毎度の面倒くさい展開だ。おれが大人になったときには少年に決して大きくなったねなどと言わない人間になろう。そうしたら世の中が少しはまともになるはずだ。

 少年の顔を見たときに「しまった」と思った。きまりの悪そうな顔。苦笑い。少年の気持ちがよく分かる気がした。そうだ。大きくなったねえなどと言う大人にはなるものかと思っていたはずなのに。
 でも言ってしまうのだ。理解しがたい言動のように思っても、その立場になればそれなりの合理性な事情を伴った振舞いなのだ。大人になれば分かるなんて偉そうに言うわけもないが、立ち位置が違うと視点が違ってしまうのだ。
 ひざの上に抱いた幼子は記憶の中にくっきりと、昨日のことのようなリアリティを備えて浮かびあがってくる。それと目の前に現れた中学生の少年のあまりにも大きなギャップ。条件反射のように口をついてしまう。この時間の不思議。あまりにも理不尽な時の流れ。少年にはまだ分かるまい。だがおじさんに言ったら「にいちゃんだって分かってないよ」と笑うだろうから黙っておいた。



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