第178期 #8
鍵を開けて中に入る。彼らのいないこの家は随分静かだ。
リビングの扉を開けた瞬間、変なにおいが鼻を掠めて行った。なんの臭いだろう?
ソファにバッグと上着を置いて、キッチンにある冷蔵庫に向かう。冷蔵庫には、洗濯するものと掃除する場所が貼られている。
洗濯の欄に「カーテン」と書かれていて、カーテン? と思い、リビングのカーテンを見る。洗うのはあのカーテンだ。確か先月も洗ったはずだけど? そう思い冷蔵庫に視線を戻して、再びカーテンの文字を見ると、奇麗な文字の近くに、それを書いた人とは違う文字で小さく「絶対!!」と書かれている。何かやらかしたな、と顔がにやける。
とにかく、カーテンを洗ってくれという指示なのだ。カーテンを外すべく踏み台を持ち出し、カーテンに近づいた。なんか臭う。リビングに入った時の異臭はこのせいか。踏み台を置いて、カーテンを眺める。黄色のカーテンだからだろうか、よく見ないとわからないが何かをぶちまけたような跡がある。カーテンのシミに鼻を近づけて臭いを嗅ぐ。腐敗臭? アルコールだろうか?
騒いで酒でもかけたのだろう。自分とさして歳の違わない年下の彼らの騒ぐ姿を想像して、苦笑いが浮かぶ。臭いが残っていることを考えると、やらかしてからそんなに時間は経っていないのだろ。でも、アルコールであれば、カズキさんが今日までそのままにしているとは思えない。
「絶対!!」の文字を思い出し、まさかヤツはカズキさんが洗濯を拒むほど怒らせたのではないかと不安になる。あながち間違ってないような気がして、ため息が出た。そうであればきっと今日も、彼らは重く冷たい車内の空気を堪能しているに違いない。洗濯が終わればそのまま彼らに会わずに帰ろうかと思ってしまう。
とにかく、いろいろ詮索しても仕方がない。カーテンを外して、そのまま洗濯機に投入し、洗濯後のシミの残り具合を確認することにする。
洗濯機の洗濯終了を知らせる音がして、洗濯機からカーテンを取り出す。
濡れたままのカーテンをカーテンレールに取り付ける。床には水滴が落ちてきた時のために新聞を広げておく。天気が良いから、窓を開けておけば早く乾くだろう。
今は、臭いもしないし、シミも殆ど見えない。乾いてこの程度ならカズキさんも許してくれるだろう。
本当に怒っているのであれば、彼の怒りも消えはせずとも限りなく和らいで帰宅してくれることを祈って、夕飯の支度をすることにした。