第175期 #6

神の在る国の物語

 日の昇る国があるという。日の沈む国があるという。ふたつの国は同じものとも思えるし、違う国だとも言われている。時間自体は流れているが、空の景色は一向に変わることがない。そういう国なのだ。
 日の昇る国に住んでいる人がいる。日の沈む国に住んでいる人がいる。ふたりの人は同時に存在するが、出会うことはない。同じ時間を過ごしているが、それぞれが変わらぬ姿勢をとり続けたまま、少したりとも動くことがない。そういう人たちなのだ。
 日の昇る国の神がいる。日の沈む国の神がいる。この神がひと柱なのか神々なのか、判じる術はない。人にはその姿を見ることがかなわず、ただ祈ることしか許されていないからだ。人は動かぬ姿勢のまま、一心に神へ祈りを捧げ、この国が永遠に続くことを願い続ける。
 神は人の願いを聞き届ける。国はそこに在り続ける。人もそこに居続ける。そして交わることはない。
 時間は進み続ける。
 あるとき、人は疲れ果てる。そして、祈ることをやめる。ふたりの人は小さな荷物を作り、ずっと暮らし続けていた小屋をあとにして旅に出る。日の沈む国があるという。日の昇る国があるという。永遠の眠りにつく前に、ひと目その国の姿を拝みたいと。
 老いたふたりは杖に縋って歩き続ける。空の景色は一向に変わることがない。日の昇る橙色の空が広がり、日の沈む蒼色の空が広がる。それぞれの空は天上に向かって少しずつその色を変え、天頂には水色の空が見える。あの空の下にまで辿り着くことができれば、おそらく今まで見たことのない国が見えるのだろう。ふたりはそう考え、痛む足を引きずりながら歩いていく。
 やがて、空の色が変わり始める。それまで現れたことのない暗雲が空を覆い始め、やがてすっかり空を閉ざしてしまう。そして、灰色の雨が降り始める。
 人が祈ることをやめたので、神が死んだのだ。潰えた神が欠片となって降り続く雨のなかを、人は楽園を求めて歩き続ける。



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