第173期 #13

そして夜は俄に輝きを増して

 一年半ぶりに見た実家はどことなく小さく、丸くなったように思えた。自室の様子は昔と一切変わっていなかったが、懐かしいどころかよそよそしい感じがして、なぜだか裏切られたような気分になった。自分の部屋に裏切られるもなにもないのに。
 なんとなくつまらない気分を抱えながら一週間遅れの雑煮を食べて、すっかり平常運転に戻ったテレビを眺めて、特に代わり映えもしない仕事の話を何言か交わし、一切記憶に残らないようなインターネットを無駄に遅くまでして、よそよそしい顔のベッドに入った。

 眠れなかった。一人暮らしを始めた頃は聞こえなくなった事にあんなに違和感を覚えた秒針の音が、二秒ごとに僕に時を刻み付けてくる。頭は妙に冴えていて、大学時代の失恋や、高校の演奏会でした小さなミスなんかを、意味もなく思い出し続けていた。携帯を見ると、もう四時を回ろうとしているところだった。
「眠れないかもしれないけど、そしたら眠らなくても大丈夫だから。君たち若いんだからさあ、一日ぐらい問題ないよ」
高校受験前日に塾の講師が言っていた言葉がふいに浮かんだ。

 眠らなければ、いいんじゃないか。

 それはなんだかとても素晴らしいアイデアに思えた。どうせ明日も休みなんだ。急に宝物を見つけたような、買ってまだ読んでいない漫画があったことを思い出したような、とにかく僕は中学生の気持ちで、豆球の下、できるだけ暖かい格好をして、音を立てないように階段を通り、そっと外に出た。
 僕の家は、あまり成功したとはいえないニュータウンの本当に端っこに位置していて、左を見ると新しい家が立ち並び、右を見ると田畑の中にポツポツと大きな家があるような、そんな場所に建っている。僕は暗闇に吸い寄せられるように、右へと進んだ。
 あぜ道をただ歩いた。自分が立てる音以外の、一切の音がしなかった。ふと空を見上げ、星の多さにぎょっとする。オリオン座があまりにもオリオン座で、なぜか笑えてきた。バカみたいに明るい月も、神聖めいた冷たい空気も、吐く息の白さも、何もかもが気持ちよくて仕方なかった。やってるのか分からない商店の前の自販機でダイドーのコーヒーを買った。コーヒーとかけ離れた甘さも楽しかった。嬉しかった出来事だけがたくさん浮かんできて、無敵になった気分だった。
 朝焼けが町を包む頃、帰ってきた家は昔みたいに頼もしかった。裏切ったのは僕の方だったのかもしれない。



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