第173期 #12
ヤドカリは、生まれた時は貝を持たないらしい。そもそもあの姿ではないそうだ。何度も脱皮を繰り返して、前の家主が捨てた家に住みつく。
ヤドカリは、自分の大きさに合わせて家のサイズを変えていく。まるで、学生が8畳一間のアパートから、社会人になって部屋を広くして、家族が増えて家を大きくしていくかの様に。
よく自分に合う貝を探し出せるな、なんて思う。どうやら貝の入口に自分の鋏脚を合わせてサイズを測っているらしい。それでも、一旦は入ってみたものの、すぐ出てきてウロウロしている奴もいる。奥行とかが合わないのだろう。
人も収入と家賃、希望と照らし合わせて住まいを決める。それでも、いろんな事情で契約期間前に引っ越していってしまう人もいる。
みんな、そんなこんなを繰り返して、自分にぴったりの住まいを見つけるのだ。
身の丈に合った生活をするために。
ある日、なんだか疲れたヤドカリを見かけた。一瞬それがヤドカリとは気が付きもしなかった。多分ヤドカリなのだろうと思ったのは、その大きな鋏脚を見たからだ。
近くにはちょうどよさそうな貝があるにもかかわらず、そのヤドカリは貝を背負っていなかった。
ヤドカリの腹部は柔らかく、すぐに傷がついてしまうという。あの住まいは自分の大切な部分を守るためのものなのだ。
それを捨てて、何故彼は裸で出歩いているのか? 彼らが背負っているものは、ただの住まいとしての貝ではないということか。
背負っているものが重くなったのだろうか? それは体力的に? それとも別の理由か。
せっかく買ったマイホームを早々に手放す人達がいる。住宅ローンが重くて手放していく。
始めは夢のマイホームで、楽しいことがたくさんあったに違いない。これから始まる生活に心を躍らせたに違いない。
でも、それが始まった途端、日々の生活がどんどん切り詰められて、追い詰められていく。
守るべきものは、帰る場所であって、日々の生活だと気が付いて、彼らは夢を見て手に入れたはずのマイホームを手放していく。
背負っていたものは、住宅ローンというお金ではなく、家族の生活という重いものだったのだ。
数時間後、再び同じ場所に来てみた。あのむき出しのヤドカリが気になったのだ。
彼は、白くなり動かなくなっていた。