第17期 #12
海港城を出るともう薄暗くなっていた。聖誕祭の飾りつけの向こうに見える中環のビル群は既に光で装飾され始めている。
「やっぱりあっちは寒いんでしょう?」
サキにそう尋ねた後、晃は日本人学校でも何度か同じ質問をしたことを思い出して少し後悔した。何となくぎこちなさが悟られているような気がする。
「らしいね。でも想像つかないな、私雪見たことないし」
「香港人みたいだね」
「うん、生まれた時からこっちで、滅多に日本に行かないから」
「うちは正月にばあちゃんち――山形に行くからね」
フェリー乗り場を通り過ぎる。背の高い西洋人もいれば中国本土から来たらしい観光客もいる。皆色々な言語で機関銃のように喋っているので二人も負けずに大声になる。
「そういえば、さっきの店員サキに何て言ってたの?」
「晃のこと、彼氏ですか?って」
晃は黙ってしまう。晃も長いこと香港にいるけれどもサキほどは広東語を理解できない。サキの横顔を見た。耳の後ろからきれいに髪がまとめられポニーテールになっている。晃にはすれ違う人々が皆、サキのことを見ていくように感じられる。振り払うように話を続ける。
「ごめんね、出発前で忙しいのに」
「ううん楽しかったよ今日は。ていうか」
「ていうか?」
「まだ終わってないし」
サキがあどけない顔を向ける。目が合ってしまい晃はどうしたらいいか分からなくなる。訳もなくサキのことをずるく思う。
時計塔を過ぎプロムナードに入った。香港島の夜景が視界いっぱいに広がる。この季節だけの特別な意匠もある。くっついて歩くカップルが沢山いる。付き合っているわけではない二人は無言で対岸を見つめる。
突然やっ、いー、さん、とはやす声が後から聞こえた。晃も分かる広東語の『一二三』だ。二人が振り返ると仲間たちに囲まれて若い男女がキスをしていた。急に何か心が押されたような気がして晃はサキのほうに向き直る。
「あのさあ、サキ……」
「その先は言わないほうがいいと思う」
サキはそうつぶやき、晃は口をつぐんだ。その後路線変更して切り出す。
「手をつなごうか」
差し出されたサキの手は少し冷たかった。もっと早く気付けばよかった。
「私、今日のこと絶対忘れないと思う」
言い終えると急にサキは泣き始めた。周りの人がこちらを見ている。けれども晃は手を握り続けることしかできなかった。未来を語るのには幼すぎるのだろうか。肩を震わすサキの横で晃は唇を強く噛んだ。