第17期 #11

マンホールの家族

「はじめまして、マンホールから引っ越して来ました、マンホール光一です。よろしくお願いします」
 そう彼が挨拶したときには、僕らはもう既に度肝を抜かれていた。彼の頭にはマンホールの蓋が乗っかっていたからだ。蓋は大きく、重量感がある。偽物ではない。彼の首の太さを見て、そう思った。
 僕の隣の席に座り、「よろしく」と彼は頭を下げた。ちょっと避けてしまった。

 その日彼から聞いた情報をまとめるとこうだ。
・マンホール光一というのは本名
・マンホールという地名ではなくて、本当にあのマンホールから越してきた
・頭の蓋は確かにマンホールの蓋
・蓋は重さが40kgほどある
・マンホール家は数百人の大所帯
・ただし生活する単位は数人でまとめられており、蓋の模様がそれぞれ違う
・蓋を付けて生活するのを苦にしたことはない
・マン(人)ホール(穴)はそもそも人が住むためのもの
・趣味は将棋
・妹の名前はマンホール久美子

 一週間もたち、みんな彼のことをマンホールではなく光一と呼ぶようになったころ、帰り際に彼から声をかけられた。
「今日、うちに遊びにこない?」
 何の部活にも入っていない僕に、断る理由なんてない。
「おう、いいよ」
 そこで思った。もしかして彼の家って。
「うちは、マンホールじゃあないよ」
 僕の気持ちを見透かしたように、彼は言った。
「どんどんマンホールが住みづらくなっちゃって。だからみんな引っ越してるんだ」

 ふつうの一軒家だった。マンホールの形ぐらいはしてるかも、と思っていたから拍子抜けした。
「お邪魔します」
 靴を抜いで、うちに上がる。彼の後に続いて居間に入り、固まった。天井から、女の人がぶら下がっていた。
 ぶら下がった人は薄っすらと目を開けて、僕たちを見た。
「ああ、お帰り、早かったわね」
 ごめんお母さん寝てたみたいだ、と彼は僕に告げた。夜の仕事やってるから、この時間は寝てんだよね。
 頭に付いているのは、マンホールの蓋なのだろう。
「あの、お邪魔します、光一君のクラスの山本です」
 ようやく声を絞り出した。
「いらっしゃい、来て下さってありがとうね」
 そう言って光一の母は、天井についた取っ手を掴み、体を持ち上げた。器用に穴から這い上がる。横にあるもうひとつの穴は、父親のものだろうか。
 壁に、家族の写真が飾ってあった。一家四人。光一の横で笑っているのは、妹の久美子だろう。蓋の重さを微塵も感じさせない、爽やかな笑顔だった。



Copyright © 2003 川島ケイ / 編集: 短編