第17期 #10

僕のほこり

今日でまる3ヶ月、おふくろは重なったままだ。お金なら何億もの束に相当するだろうが、残念な事におふくろはただ重なっているだけで、誰かに福をもたらすとか得をするとか、そんな事は全然なさそうだった。

3ヶ月前の9月26日、日曜日の朝だった。おふくろは仲人を頼まれた。姉貴の友達とゴンタレスさんが結婚するのだ。おふくろは何度もやっぱり断ると騒ぎだし、その度にゴンタレスさんがなだめた。
「美貴のおかあさん、日本一いえいえ世界一のお母さんね。I’m proud of You, Yaeko. 分かりますか? 八重子さん、僕のほこりです」英語が混ざる事にからきし弱いおふくろは、あっさり仲人を引き受け、ゴンタレスさんに英語を習い始めた。そして重なり始めたのだった。

英語一文につき、ひとり分のおふくろが、押入の布団みたいに積み上げられていく。

レディースアンドジェントルマン。
おふくろが口にすると、吐き出した空気が背中に盛り上がって、次第におふくろの姿を形作る。

ディスイズアグレイトセレモニートゥデイ。
ふたりめ。

マイネームイズヤエコ。
さんにんめ。

プリーズメイクユアセルフアトホーム。
よにんめ。

スマイル。
それは言わなくてもいいのに。

姉貴も僕も、母の手を借りるという年齢はとっくに過ぎていたから、特に困るってことはなかった。家事一切を任されてる姉貴にしたって
「近いうちこの家を出ていくから」とはりきっている。恋人がいるのだ。退職したおやじは庭の盆栽いじりに精を出していて
「もともと母さんは重なる素質があったのさ」と、ぶちぶち松を剪定してる。

挨拶を英語で言えるようになったおふくろだが、式場に入る事はできなかった。当たり前だ。すでに屋根を突き抜けてしまったのだから。しかし、おふくろの重なりは衰えなかった。姉貴の結婚が決まり、式場から貸衣装の下見など、益々おふくろが口を挟まないではいられない状況が続いた。僕の海外研修にあたっては、とうとうドイツ語までしゃべり始めた。おやじは人材センターから中国人宅庭木の手入れを頼まれ、息つく暇もないおふくろは、裏山のてっぺんにある神社をはるかに上回る高さになってしまった。何重にも重なっているおふくろの身体から、言葉が振動して、お告げのように降ってくる。

一番下の仲人前のおふくろはつぶれそうになりながら、バイリンガルの合間に
「年末大掃除いつになったらすんのよぉ」と嘆いている。



Copyright © 2003 真央りりこ / 編集: 短編