第169期 #13

ダンサーの夜明け

すれ違った瞬間にダンサーだとわかった。
つまりダンサーはまだステップを踏んでいた。たいへん華麗で、ややこれはこれは、と思った。
ダンサーを見たらもうダンスははじまっている。わたしもいびつなステップを踏んだ。ミュージックはすでに脳内で大音量、手足が勝手に、の状態である。
踊りだしたわたしを見てダンサーは明らかに落胆した。
彼、あるいは彼女は休息を欲している。ダンサーは命を燃やしながらそれを燃料にして踊るのである。現在、夜明けであり、ダンサーの命が尽きるほんの少し前。もう少し踊るためには休息が必要なのだ。
ところが、すれ違った女が踊りだしたものだから、ダンサーとしてはステップをやめるわけにはいかない。先にステップをやめることはプライドをずたずたにされたも同然。ごめん、けども止まらんのよステップが。
わたしはミュージックに耳を澄ませた。
それはダンサーの鼓動だった。ダンサーの顔色とは裏腹にミュージックは陽気で活発で太陽が燦々と降り注いでいて常夏のカクテルがからんからんと鳴っている。これが職業ダンサーの潜在力なのかと驚愕した。
夢中でステップを踏んでいると楽しくなってきた。いや、はじめからマックス楽しかった。ひたすら踏むステップが宙に浮かび、ダンサーの体を鞭打ちはじめた。ステップにもてあそばれるダンサーの姿は滑稽で、貴重で、もっと見たいもっともっと見たいの、と感じた。鞭打たれてダンサーはだらしなく笑った。彼あるいは彼女は天性のダンサーだった。鞭打たれることの悦びを知っている。
命は燃え尽きようとしている。ミュージックがなだらかに絞られ、時々途切れるようになった。ダンサーの動きが鈍ってきた。ダンサーがダンスをやめるときそれは死ぬときだ。マグロが泳ぐのと構造は同じだ。ダンサーの表情がなくなった。ほとんどプライドだけでステップを踏んでいるようだった。ミュージックはほとんど聞こえなくなった。大丈夫、これは俺の鼓動だ、ミュージックなど頭の中でいくらでも再生できる。
ステップの鞭が唸る。とどめを刺す気らしい。ステップのばかやろう、とわたしはなじった。ステップがひときわ強く鞭を打ち、ダンサーはちょうど半分でぽきんと折れた。そのままステップも止んだ。動かなくなったダンサーを拾って、コンビニの傘立てに立てかけておく。誰かが必要なときにこれを手に取るだろう。折れたダンサーは地域の共有物だ。



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