第169期 #12

何もない時に何が起きるのか

「あなたも教養を身につけて」
 と、彼女に言われ、僕は区主催の短歌教室に連れて来られた。
 僕は短歌を詠まされた。短歌なんて小学校以来。むずかしい。
 最近短歌に興味を持ちだした頭の良い彼女は、的確な言葉を連ねて拍手をもらった。
 彼女と僕は同い年で三〇代。その教室で五〇代の年上女性と知りあった。
 年上女性も僕と同じく言葉がしょぼかった。
 お題:夜
僕「暗い夜……」
年上「寒い夜……」
 続きはない。二人ともそこで言葉が止まる。
 彼女が言った。「陳腐な発想だから後がなくなる」
 僕にとって夜は夜でしかない。
 で、おちこぼれ同士、僕と年上は友達になった。

 ※ ※ ※

 年上女性に言われた。
「抱いて」
 抱いた。抱くつもりはなかったがお互い酒を飲みすぎた。僕は酔いが過ぎて中折れした。年上女性にはお詫びした。

「会って」
 会った。年上とまた。焼肉を食った。その日は性行為なし。
 帰り道、二人で陳腐な言葉を並べたてた。
 お題:夜
僕「夜のビル……」
年上「夜空の向こう……」
 二人でげーげー笑いあった。
 どんなくだらないことでも一緒に笑える相手がいるなら楽しい。

「見てよ」
 見なかった。年上の家でのできごと。他人の貯金通帳は別に見たくない。
 が、年上がしつこいので見た。すごい額だった。
「ずっと貯めてた」
 らしい。

 ※ ※ ※

 数年後。僕は彼女と別れて年上と結婚していた。そして、年上の彼女のお金を遣って、短歌の彼女の作った短歌を有名にした。
 彼女にはちょっとばかりの才能があったのだ。僕たちは、それを手助けしたに過ぎない。
 文化の正体とは(大仕掛な主語を使うけれど)、結局、ある作品をどう過去の作品に紐づけて解説するかに他ならない。年若い彼女のこの作品は昔のあの人の作品を思わせる、才媛の再来、決して模倣ではないアップデート。結局、文壇歌壇に居並ぶ批評家を金で買って彼女を有名にできた。
 理解不能のどんな高尚なことでも、批評家がすばらしいと感想を書けば一般人にはすばらしい。
 この共感には作品分析能力や読書歴、短歌鑑賞歴も一切必要なく、ただ批評家の意見を無批判に認める従順さがあれば良い。文化とは主に、あれとこれとの違いの大袈裟な言い立てに対する、嫌悪感の少なさだ。

 ところで僕と年上の彼女との結婚は、高齢のために生殖とは結び付かなかった。だから、僕たちのすこぶる楽しい時間は、短歌の彼女の作った短歌の中に残る。
 思い出。



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