第169期 #11

女装男子

母から兄貴の結婚式の日取りが決まった、と電話があった。
「振り袖の着付け、お願いしておけばいい?」
さも当然の如く言う母に、「いや、礼服です」というのが精一杯だった。
「母さん、珠里ちゃんの振り袖姿見たかったのに、残念だわ〜」と電話の向こうで盛大に溜め息をつかれ、俺はガックリと落とした。

「わかってて言っているのが、困りものです」
どうぞ、とデスクに座って書類を眺めている雇い主の千奈津さんにコーヒーの入ったマグカップを渡す。
クククッと肩を震わせて千奈津さんは笑っていた。
「笑い事ではありませんよ……」
もう、と俺はホトホト困った顔をして自分のマグカップを持ってソファーに沈む。
探偵事務所、という名の何でも屋に雇われてもうこれで3年になる。メインは浮気調査や素行調査だ。今ここにいるのは、嫌々やっていた女装が千奈津さんの目に留まったから。だから、今は不本意ながら女装が仕事になっている。
「新郎の弟が振り袖で現れたら、破断ですよ」
「破断ってことはないでしょう」
もちろんそうだろうが、話題は花嫁から一気に俺の性的マイノリティーにシフトするのは間違いない。
「でも、結婚式に行くのに振り袖って選択肢はありよね」
手に持っていた書類とマグカップをデスクの上に置いて、千奈津さんはソファーでコーヒーを飲む俺を見る。
「誰が着付けしてくれるんですか?」
俺はジト目で千奈津さんを見る。
「自分でするのよ」
「俺、振り袖なんて着れませんよ。浴衣も怪しかったのに……」
「そっか〜ぁ」
千奈津さんは唇に指をあてて天井を見上げて考え込むふりする。
「着付け教室に通う?」
ニヤッと笑って、千奈津さんは俺を見た。
「は?」
「どこか適当に探してみるから」と、千奈津さんはPCに向かってカタカタし始める。
「いやいや、何言ってんですか?!」俺はあわてて立ち上がり、千奈津さんのデスクに両手をつく。
「だって、レパートリーが増えるのはいいことじゃない」千奈津さんは真面目な顔を俺に向ける。
「そういうことじゃなくて……」
「どういうこと?」
「俺が教室で脱いだら大問題ですよ!!」
「下着の問題?」
「ちっが〜ぁう!! アンタわかってて言ってんだろ!!」
叫んだ俺の顔を眺め、その視線をゆっくり下に動かした千奈津さんは「ちっ、つまらん」と言って、再び書類を持ち上げた。
俺の周りの女って、こんなやつばっかりだ。



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