第166期 #9
わたしのライフは複数あり、それぞれが別べつの場所で息づいている。どこかのわたしが生きながらえることができなくても、どこかのわたしが生きながらえる。それはわたしが生き延びるための本能のようなもの。わたしはここにいてここにいない。わたしはあそこにいてあそこにいない。どこの足場にも全体重を乗せきることなく、ふわりふわりと飛び回って生きている。
わたしには名前がない。あるいは複数ある。こちらのわたしとあちらのわたしとは異なる名前で呼ばれており、その双方がわたしであるが、その双方ともがわたしではない。わたしの足は複数あり、それぞれ別の場所を踏みしめている。わたしの足は飛び回りながら幻影を生み出し、そのそれぞれが目撃され、新たな名前を付けられる。それはわたしであり、わたしではない。あるいは、わたしであったもの。
わたしの卵はわたしの足の裏からそれぞれの足場に植え付けられて成長する。卵から出てきた目は、周囲を抜かりなく見回し、新たな自身の足場を探す。移動が間に合わなかった目は、わたしの足の下で潰されて朽ちていく。新しい卵がさらにそこへ植え付けられて目を出す。小ずるく立ち回ることのできた目は、潰れた目を栄養元として成長する。
そら、そこに新しいわたしがいる。新しいわたしのライフがある。複数の足をもつライフは複数の足場を縦横無尽に走り、また新たなわたしのライフが叢生する。新たなわたしの幻影を創生する。新しい名前が空気のなかを飛び交う。それはすべてわたしであり、すべてわたしではない。わたしは朽ち果てることがない。わたしは絶えることがない。わたしは分裂し続ける。分裂して生き延び続ける。
わたしではないなにものかになって、けれどもわたしのまま、わたしのライフは存続する。わたしはわたしという名の生き物。わたしはわたしという名の軌跡。消滅から遠ざけられた奇跡の旅人。
定住することを知らぬもの。