第166期 #8

自我が破裂して、外に飛び出て、私は虎になった。
なった、と言っても一瞬ではない。気を失って、目覚めたら虎だったというわけではない。
最初は、のどの奥、吐き気がしたので、吐いてしまおうと嘔吐いて、奥にあるものを押し上げた。奥にあるものは意外な大きさで、のどを通り抜けた、そこに詰まるかと思ったが、固いわけではなく、ゼリーのように変形するのだろう、すんなりとのどを通り抜けて、口にやってきてさあ、口から放とうと、私は意識的に下を向いた。すると、奥からあがってきたものは口にとどまっている。とどまってそのさらに上、鼻の方へと上っていく。鼻の裏をこそこそと、ゼリーかと思っていたそれは、細かい綿のように、軽く、鼻の奥をなでるのだ。今度はくしゃみが出そうになる。だったらくしゃみを出してやろうと咳をした。しかしこそこそがやまない。さらにくしゃみはもう、出したくて出したくてたまらない。なのにいくら咳をしても、気持ちのよいくしゃみが出ない。そのうち後頭部が鈍く痛みだした。これは神経だな、とぼんやり思った。神経がやられているらしい。もう私はダメかもしれないと感じた。そのときぴしっと音がして、左頬のところがびりびりと破れだした。もちろん驚いたけれど、後頭部の鈍痛がだんだんひどくなってきている。左頬はもう完全に破れてしまったが、不思議と血が流れている様子ではない。なにより痛みはなにもない。というか鈍痛ががんがん、音を立てだした。痛みは薄らいでいくが、耳が破れそうな音だった。怖くなって、叫んだ。もう人の声ではなかった。獣の声だった。私は手で顔を覆った。手袋を外すように、手がもげた。長い爪がそのもげたもとにあった。爪はするどく、殺傷能力が高そうだった。自分のものかどうか疑問だった。右手で爪を引っ張った。手がついていた。けむくじゃらで鋭い爪がついている手だ。その手が動き出し、勝手に私の顔を殴りつけた。皮膚は完全に破れて、ぬるぬるした透明の液体が漏れた。私の顔は地面に落ちた。へちゃ、という音が鳴る。それを見ている私は誰なのだ。死んでいない。決して頭がもげたわけではない。皮がむけたのか。叫ぶ。叫びたいが、それは獣の雄叫びそのものだ。私はするどい爪を地面に突き立てる。怒りが全身を覆っていた。力任せに引き裂きたい。獣としての本能が私を突き動かした。ちょうど通りかかった兎が、私の姿を見て立ちすくんだ。私は虎だった。



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