第166期 #7
ずっと、ずっとほしいものがあった。それは私のものにならないことはわかっていた。でも、ほしかった。
「欲しかったものは手に入った?」
私の目の前で彼は嘲るように笑う。あるはずのない喉を震わせ。銀の皿の上で、彼の首は笑う。
「これで手に入ると思った?」
思った。思ったから、奪った。何も知らない彼に毒を盛った。彼の好きなコーヒーに混ぜて。あっけなく、動かなくなった。それから、彼は大きすぎるから、小さくした。いつでも一緒に居られるように。のこぎりで、首を落とした。体には石を詰めて、近くの池に沈めた。誰にも見つからないように。
「そんなに俺が憎かった?」
逆、私はずっと愛してた。なのに、秋には姉と結婚するというから。だから、取られる前に、手に入れた。
呵々、と笑うと皿の中の血が揺れた。生臭さが鼻につく。蝉が激しく鳴いた。
私と彼は逃げた。誰にも告げず、遠くへ、遠くへ。
私が持ち上げると、彼はぴたりと笑うのを止めた。ぽたり、ぽたりと血が滴る。体温はない。ぐにゃりとした肉の感触と共にすえた血の匂い、肉の腐る匂いむせ返るような刺激臭が部屋を埋め尽くした。
風鈴が鳴った。
涼しげなそれに目を覚ます。どうやら私は縁側で寝ていたらしい。蝉がけたたましく鳴き、桶に入っていたスイカはすでにぬるくなっていた。
随分と物騒な夢を見たものだ。
さしづめ、彼はヨハナーン、私はサロメの役回りだろう。ヨハナーンの首を望んだサロメは、生首に口づけを落とした。
ふと、机の上を見る。朽ちかけた笑う生首は、ない。当然だ。この炎天下そんなものが本当にあったらここら一帯、腐臭で大変な騒ぎになっているだろう。しっかり処理しなくては、美しさは保たれない。余計な肉を削ぎ、こびり付くものは虫に食わせる。それからしっかり磨く。
私はサロメじゃない。彼はヨハナーンじゃない。
ただ考えずにはいられない。私と彼女の望みは、果たして何だったのか。
むしむしとした部屋、鼓膜の奥で蝉の鳴き声が反響した。こめかみに浮かんでいた汗が頬を滑る。
そうだ、確かこんな暑い日だった。肌を伝う汗、響く蝉の鳴き声、夕立近く匂いたつ地面。
記憶を嘗めるように、私はひんやりとしたしゃれこうべを手に取った。
朱塗りの彼は、笑ったりしない。
嗚呼随分と、懐かしい夢を見た。