第16期 #18

昭和三景

かせいじんが、攻めてきた。
小学校は、あんぜんです、と先生はいった。
でも、先生はいなくなった。
ぼくたちは、音楽室に隠れた。
ミノル君は、音楽室が一番あんぜんだから、ここにいようといった。
サナエちゃんは、家に帰りたいといった。
かせいじんが、来たら、オルガンのドとファとラを、いっせいに鳴らすと、いい。
でも、家に帰ることになった。
学校の門を出て、サナエちゃんにさよならといった。
街中が、しん、としてた。
蝉が、鳴いていた。
家に帰ると、父さんが会社から帰っていた。
昼なのに、ビールを飲んでいた。
かせいじんは、どうなったの、と聞いたら、
父さんと母さんが、顔を見合せて、悲しそうな顔をした。

スポットライトが舞台を照らします。
薄いカーテンの向こうに、
七人の子供たちのシルエットが浮かび上がります。
みな、胸を張って立っています。
太郎君が、言いました。
「僕たちは」
花子さんが、言いました。
「私たちは」
続いて全員で合唱です。
「日本七人の原爆子供たちです」
桃子さん、二郎君、三夫君が続きます。
「私たちは、平和の子」
「私たちは、未来の子」
「私たちは、希望の子」
いよいよ最後です。
慎司君が「私たちは、二度と繰り返してはいけません」と言って、
一番年下の幸子ちゃんが、「決して繰り返してはいけません」と言うのです。
そのためにずっと稽古してきたのです。
今日こそが晴れの舞台なのです。
「私たちは、二度と繰り返してはいけません」
慎司君が、朗々と、言い終えました。
次は、幸子ちゃんの番です。
でも、幸子ちゃんは黙ったままでした。
幸子ちゃんはひどく緊張した様子でした。
太郎君が幸子ちゃんの腕に触れ促しました。
でも、幸子ちゃんは口を利きません。
花子さんが台詞を小声で教えてやりました。
でも、幸子ちゃんは言えません。
みんなが口々に励ましました。
「これからよ」
「まだ取り返せるよ」
「だめよ。もう取り返せないのよ」
幸子ちゃんはそう言うと、ぽろぽろと涙をこぼしました。

昭生は小学五年生。
三つ年上の兄は、柔らかな髪を振って、薄笑いを浮かべる。
母は、元気良く父を罵倒する。
父は、心不全で死んだ。
保険金が、入った。
母と兄は同じ笑みを浮かべた。
隣の美世子ちゃんは猫を飼っていた。
昭生は、猫を殺した。
美世子ちゃんは、それはもう要らないと言った。
それから、新しい猫を買ってもらった。
それから、ピアノを習い始めた。
昭生はたびたび引きつけを起こし、居間や客間で反吐を吐く。



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