第16期 #19

丘に立つ幼い木

 僕の故郷は貧しい村で、塵だけでなく何でも捨てに来た。あるとき馬を捨てに来て、埋めて行った。そこは、草地の中を通っている道の縁だった。
 とてもよく走る馬だったのに、獣医にも治せない足の骨折だというので、注射をして息の根を止め、トラックで運んできたのだった。
 馬を埋めた跡は、小高い丘のようになっていて、僕ら子供達は、恐る恐るそこに乗ってみた。柔らかくバウンドする感じがあった。いくら踏み固めても、弾む感じはなくならなかった。土の中から馬が合図を送ってくるように思えた。
 もっと走りたかったのに、という馬の無念さだったのだろうか。
 僕はなんとなく馬の気持ちが分ったから、モミジの幼木を丘の中心に植えておいた。
 丘は日が経つうちに平らになっていき、もし幼木がなければ、どこに馬が埋められたか分らなかった。一方幼い木は育っていき、秋になると紅葉して、ひときわ目立った。

 子供達が成長すると、人々は村を捨てて都会へ出た。
 僕はパルプ工場に勤めるうち、足の速いのを見込まれて、マラソンランナーとして活躍するようになった。
 炎天下、B新聞社主催のマラソン大会が開かれた。百二十名の選手が一斉にスタートした。
 僕は二十位以内に入れば上出来だと思っていた。時間配分も考えていた。
 それが魔がさしたというのか、逸る気持ちを抑えられず、三キロ地点でトップに出てしまったのだ。馬鹿なことをはじめてしまったものだ。
 しかしトップを飛ばす快感には克てなかった。僕はますます快調に、大都会の中を駆け抜けて行った。
 折返し点に来たとき、後続の一群が意外に迫って来ているのを知って、力が抜けていった。走者の息遣いが聞こえてきて間もなく、するすると四、五人が前へ出て行った。それからは抜かれっぱなし。
 真夏の陽光がアスファルトを溶かし、路面が陽炎のように揺らめいていた。路面が熱く息衝いて、内側から柔らかく弾んでくる感触があった。
 あの馬の記憶が甦ってきた。俺の代わりに走れ! 馬がそう言っている。目前に、モミジの木が燃えるクリスマスツリーのように浮かび出た。
 僕は走った。疲れを感じない肉体になって、疾走を開始した。抜いていった者を何人も抜き返し、やり残した馬の気持ちを頭に描き、悲壮な思いにかられて、駆けて行った。
 スタジアムに入ったとき、前には一人もいなかった。僕はそのままゴールへと飛込んで行き、テープを切ると気を失った。



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