第16期 #10

頼むよ サンタ

遠い昔に、一人の男の子がこの世に生を受けた。 彼は全世界に神の愛を説き、そのひたむきさに迫害を受け、その愛のために十字架に処された。彼こそが世界をB.C(BeforeChrist紀元前)と(AnnoDomini神の年で)で記す、イエス.キリストであった。イエスの誕生を祝う12月25日には、毎年多くの贈り物で街は賑わった。人々が恐れる冬の季節にあって、贈り物は生活の明るい兆しになったことだろう。子ども達にはあふれる夢や希望を与えただろう。身も凍るような寒さの中で、彼方からの訪れを待つ人々の至福なひととき。こころの奥底を流れる鈴の音。ああ、それはまるでキリストの再来。イスラエルの荒れ地に、アーモンドの花が咲き乱れるような白一色の空から。

クリスは口をとんがらせた。
ママったら返事もしないで、チキンをひっくりかえしてばかりいる。
「ね、ママ。聞いてる?」
今度はエプロンをひっぱった。花模様が10才の男の子の片手に束ねられた。
「そうね、パパに聞いてみましょうか」
ずるい。
クリスは花束を放りだし、ソファーで新聞を読んでいるパパの膝に座った。
「いないよね」
新聞を取られたパパは、ん? とクリスのほうを見た。
「いないよね、パパ。ほんとはどこにもいないんでしょう?」
パパとママの目が合う。ブラックペッパーを片手に、ママが肩をすくめた。
パパの目が、じっとクリスを見つめる。
クリスがパパの目の中に入っちゃいそうなくらい。
突然瞬きをすると、パパは言った。
「お前の言うとおりかもしれないな」
「パパ!」
シャンペンのコルクが天井まで飛んでったようなママの声がした。鮮やかに跳ね返ってくるはずのコルクは、真っ暗なエントツにはまってしまった。

クリスの家には毎年、クリスマスにサンタが来た。
朝起きたらプレゼントが、新聞紙で作ったでっかい靴下に入っていた。時々間違えて、リクエストと違うものを置いていくこともあったけど。
「たくさんの子どもたちのために、サンタも大変なんだよ」
パパが言ってたっけ。サンタなんていないよって仲良しのエルマは笑った。パパとママがプレゼントを買っているのさ。
『サンタなんていやしないんだ』

クリスだってほんとのとこ、エルマに相づちを打ったのだ。それでも、暗いエントツで見えなくなったコルクを探しながら、クリスは祈ってた。
サンタは来る。そして、エントツから僕を救い出してくれるんだ。
ね、そうでしょ、神様。



Copyright © 2003 真央りりこ / 編集: 短編