第16期 #11
僕は目に付いた野菜を適当にカゴに放り込む。それから少し迷って、鶏肉を手に掴んだ。それから僕が彷徨っていると、彼女が戻ってきた。両手にもやしの袋を掴んでいる。
「どこに行ってたんだい?」
「もやしが安かったの。九円よ。九円。馬鹿みたい」
そう言って買い物カゴに投げ入れる。
「うん。馬鹿みたいだね」
僕は頷いた。
「ねぇ?」
「何?」
「今日は何にするの?」
「今日はね。鍋にしようと思って」
「鍋? 何で?」
「だって、今日は君の誕生日じゃないか」
「そうよ」
「だから、今日は鍋物なんだ」
「なんでよ?」
「あー、君に言っておくことがあったんだ」
「何?」
「僕はね、君のことが好きなんだ」
「……知ってるわよ」
「そう。ならいいんだ」
「でも、家には鍋がないわ」
「ここにあるよ。ほら」
そう言って僕は色々な鍋が並んでいる棚に目を向けた。値段も見ずに一番近くにあった土鍋を手に取る。
「じゃあお金を払ってくるよ」
「六千九百六十円になります」
レジのおばさんが言った。僕は一万円札を差し出した。
彼女は店の外に出て待っていた。
「土鍋が高かったよ。四千九百八十円もした」
「そう。高いわね。土鍋が高いなんておかしいわ」
「そうだね。おかしいよね」
「もうここで買い物するのは止めましょう。土鍋が高いもの」
僕は自転車のカゴに買い物袋を入れた。自転車に跨ると、彼女が荷台に腰掛ける。彼女の手が僕の肩を掴んだ。
「ゆっくり漕いでよ」
「わかってるよ」
僕はペダルを踏み込んだ。静かに自転車が動き出す。
「あー、そうだ」
「何?」
「誕生日おめでとう」
「何? 聞こえないわ」
「誕生日おめでとう、リョウコ」
「ああ。ありがとう」
視界の隅にオレンジ色に燃える太陽が見えた。肩を掴む彼女の手に力が篭る。僕はブレーキをかけながら緩やかな坂を下った。