第16期 #9

カタカタ

 片手、片足、片腕、片肘、という言葉はあるけれど、片方の肩という意味の言葉はどうしてないんだろ? 片肩? かたかた? カタカタ?
 私は今まさにカタカタ状態なのだ。何故なら右肩がやけに痛かったので右肩を外してしまったから。パカッという機械的な音をさせて肩は外れた。私は、左肩しかない片肩の女だ。
 肩を外した後も痛みは治まらなかった。この痛みは何処から来るのだろう。私は外した右肩をはめようとしたが、はまってくれない。何度やってもはまらない。外すときは、あれほど簡単だったというのに。仕方なく誰かに私の肩をはめてもらおうと、外へ出た。
 
 冷たい女の手が私の頬をかすめるように吹いてくる。うっとおしい空気だ。私は風にのって飛んできた新聞紙をバリッと破れんばかりの勢いで取ると下に敷き、その上へ腰をおろす。体育座りをした。その前へ、下手くそな字で書かれたプレートと右肩を置く。
「誰か私の肩をはめて下さい」
 私の前を誰もが失笑ぎみで通り過ぎていく。誰もいない、人はいても誰もいないんだ、きっと。
 諦めて、敷いていた新聞紙で右肩をくるみ、大事そうに抱えて帰ろうとした時、左肩を叩く者がいた。
「あなたの肩、はめてあげましょうか」
 温度のある声の主は左目がない。片目だった。
「かわりに僕の左目をはめてもらいたい」
 そう言うだろうということが最初から分かっていた。そうなのだ、彼もきっと私を待っていたに違いない。左目をはめてくれる誰かを。
 私は彼がポケットから出した左目を、生まれたての赤ん坊を抱く時のように、そおっと手にとり、空洞だった左目にはめた。カチッと音がするまで奥まで入れた。
 彼の目は透き通り、まだ片肩のままである私を鮮明に映し出す。恥ずかしくなって目をそらすと、彼は私の右肩を受け取り、パッパッと何度か埃をはらってからはめようとした。
「深い穴ですね、後少し深かったら落ちていたでしょうね」
 声が空洞に沁みた。
 私は少しだけ恐かったので目をつぶっているとカチッと音がした。もし、はまらなかったら…そんなふうに思っているうちに右肩は簡単に元の場所へと戻る。
 ぼんやりしていた私を見て彼は笑ったので、私も笑い、どちらからともなく歩き出す。ゆっくりと身体のうちからふきだす何かを分からないままに噛み締めながら、何処へ行くとも決めず二人とも黙って歩き出していた。
 歩くたびに、右肩がカタカタと音をたてていた。



Copyright © 2003 ゆう / 編集: 短編