第158期 #3

八朔溜まり

 坂道の多い町には八朔溜まりがあると言われるが、僕の住んでいる町にもそれはある。坂の道沿いに植えられている八朔が、季節になると坂に落ち、その坂を転がっていく。坂道の終着点に窪みがあり、そこに八朔は吸い込まれるように収まる。強風の次の日の朝は、四、五個の八朔を見ることもある。
 また、その八朔溜まりの脇にはお地蔵様があり、傷んでいない八朔を見つけたら御供え物とするのが習わしだ。
 私の町も坂は多いが、そんなものは無いと主張する友人もいる。そもそも、私の町で八朔を見たことがない、というのがそんな人たちの主な論拠だ。しかし、八朔溜まりは無かったが、ポンカン溜まりはあった、と連絡をくれた友人もいる。だから僕は、きっと坂道の多い町には必ずあるのだろうと思っている。もっとも、ある地方ではポンカンであるなら、場所によっては林檎溜まりでも良い、というほど話は単純ではない。おそらく、柑橘系の果物に秘められている何かが、八朔溜まりを作るのだろう。
 この八朔溜まりは、話題に事欠かない。年寄たちは、どうやら八朔が坂道から転がり、すとんと溜まりに収まるのを見たら、来年、また八朔が実るまで死なないと信じており、季節になると、誰々さんは見たらしい。幸運ね、という話を寄り合いで耳にする。
 また、小学生であれば夏休みの自由研究課題としては朝顔の栽培と並んで定番だ。
 僕が担任をしているクラスの学生二人が、今年も八朔溜まりの研究をしていた。一人は、坂道の地図を描き、転がっていく軌跡を分析するというものだった。その地図は、地理の時間に習ったばかりの等高線もしっかりと描かれていた。もう一つの研究は、八朔だけではなく、ソフトボール、ピンポン玉、バスケットボール、父親から借りたゴルフボールなどを八朔の木の下から転がして、八朔溜まりに入るかを検証する、という研究だった。結果としては、ボールは八朔溜まりに入らない。弾力の違いに目を付けて、それを検証したのは素晴らしいかった。
 坂道の多い町には八朔溜まりがある。これは信じていいことなんだよ。何故って、八朔を人間に置き換えてみたら、簡単に道理がいくことじゃないか。人生という名の坂道を転がり落ちて、窪みにすとんと落ちる。八朔溜まりに舞い込んだ八朔のように、周りを見回してみるといい。同じような人間がいるだけだ。
 坂道の多い町には八朔溜まりがある。これは信じていいことなんだよ。



Copyright © 2015 池田 瑛 / 編集: 短編