第158期 #4

一途

僕は恋をしている。
物心ついた頃から18になる
今まで何年も恋し続けている。

午前7時49分。
毎日この時間、最寄り駅に
彼女に会いに行く。
「おはよう」
周りに誰もいないことを確認して
小さな声でそっと呟く。
返事はない、彼女は
微笑むだけだった。
学校から帰宅し、この場所に
戻る頃には人が多くて
朝と同じように彼女に
声をかけることは難しい。
だから僕にとって朝は特別なのだ
7時59分に到着する
電車が駅に来るまで僕は
彼女にひたすら話しかける。
彼女は微笑んでいるような
少し困っているような表情で
何も言わず僕の話を
毎日聞いてくれる。
学校がない、土曜や日曜も親に
散歩に行くと嘘をついては
駅へ向かう。休みの日は
電車の時間を気にせず
彼女との時間を過ごせるので
僕にとっては至福の時間だった。

彼女と出会ったのは
ちょうど10年前
僕はまだ小学生で彼女は
ちょうど成人した年だったと思う。
私立の小学校に通う僕は
毎日電車を使い学校まで
通っていた。そしてある日
いつもは少し怖い顔をした
男の人ばかりいるこの駅に
彼女がぱっと現れた。
一目惚れだった。迷わず話しかけた。
出会った頃には彼女は
もう結婚をしていたのだが
最初の頃は大きな声で
話しかけてもなにも
問題はなかった。でも
僕が大人になるにつれ
人の目が気になるようになった。
学生の僕と既婚者の彼女が
長い時間一緒にいたら周りに
噂されるであろう
と心配した僕が朝の時間に
二人で会わないかと提案したのだ。
彼女は何も言わなかったが
いつもの困ったような微笑みが
少し嬉しそうに見えた。

でも、彼女はきっと僕が
彼女に恋をしているだなんて
気づいてはいないだろう。
僕も彼女にこの想いを
知って欲しいとは思わない。
ただ数十分だけでも彼女と
話をしていられればそれでいい。
彼女の微笑みをこれから先も
見続けていられるのなら
何もいらない。
僕は、彼女を愛しているから。

…電車の汽笛が聞こえた
もうこんな時間なのか…
彼女は10年前と何一つ変わらない
出会ったあの頃と
同じ笑顔で毎日この駅で
僕を待っていてくれる。
「じゃあ、もう行くね。」
僕がそう言うと彼女は
変わらぬ笑顔で僕を見つめる。
そして僕はいつものように
指名手配写真の中の女性に手を振って
改札に定期をかざした。



Copyright © 2015 星埜 / 編集: 短編