第152期 #9

盲管銃創

 日がな一日喫茶店の窓辺に座っている。一昔前より学生やカップルの数が増えた。女子もよく来る。時に三十代の女子も。大人女子なんて論理矛盾に気色悪さを感じないのだろうか。
 サードウェイヴ珈琲の影響か、豆に拘る連中をよく見る。シングルオリジンなど得意げに嘯きながら、貴様、実のところ説明無しでは味の違いなど分からないだろう。気付けに良い豆とは何だ。目の覚める珈琲が飲みたければエスプレッソをダブルで頼め。
 彼らは鼻で笑うものだが、珈琲フレッシュは、蓋に花言葉など書かれた安っぽいものが良い。植物性油脂とか言ってマーガリンと一緒くたに忌避される所が素晴らしいのだ。
 しかしクリームと呼ばないのは何故だろう。舐めても脂肪の味しかしない。むしろ珈琲デブと呼ぶべきではないだろうか。
 やば、あの子の耳可愛くない?
 可愛いに決まっている。
 女子は昭和っぽい純喫茶が好きらしい。そう、レトロも欠かせない。平成生まれの癖に昭和レトロと連呼するのは政治的発言かもしれない。イデオロギー抜きに昭和レトロは語れないからだ。貴様、昭和は昔に決まっているし、昔はレトロだろう。おい。同語反復だ。そのくせ偽物を嫌う。
 今こっち向いたー。
 向いたら何だ。
 彼女らの花言葉は怠惰と暴食だそうだ。二人して不満顔だが、そんな言葉と付き合わされるマツバギクやルピナスの方がよほど不愉快だろう。私がそんな名で呼ばれたら、やさぐれたに違いない。
 また店が揺れ、マスターの珈琲をドリップする手が不安げに止まる。今日は三度目か。見えないのも含めたら十倍以上と誰かが呟く。
 西日はヤニ染めの窓ガラスをくぐってセピア色に染まる。私の首筋に当たると、メラトニンに変わって毛穴から忍び込む。ここは常に良い時を紡いでいる。春は陽光が細やかで、クロートーの指先を思い出す。オハイオの冬に飛び立つロケットもこんな心地だったか。
 古き良き時代など何処にもなかったよ、貴様。古いものと良いものがあるだけだ。貴様の今も、いずれ古き良きものに変わる。それは妄想でしかない。
 アトロポスが運命の糸を切るように、或いはラケシスが終わりを決めたように、私も貴様も以後の世界を生きている。一度撃ち込まれた銃弾は二度と抜けないが、誰しも痛みと恐怖は抱えざるを得ない。珈琲フレッシュを舐めない貴様達も、春先に学んだはずだ。
 眠そー毛並きれーやばいよね。
 学ばないのが幸せな事もあるが。



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