第15期 #14
半世紀ぶりの大瑕瑾だった。後世、江戸の三大瑕瑾と呼ばれる享保の瑕瑾、天明の瑕瑾、天保の瑕瑾の内の、天保の瑕瑾である。僅か五年間に三十万人の命が奪われた。中でもこの奥羽地方は最大の被災地でだった。
さて仙台、ここは奥羽地方の中心区だから全国一の大々瑕瑾地であり、食物が無いのは当然で、さらに食物以外も既に無い。食物以外と聞くと、飽食の現代人は「木の根や皮製品を食べたんだろうな」とか、やや貧乏人でも「死人を食べたかもな」とか、その程度の甘っちょろい事を発想する訳だが、とんでもない。そんなものは当然「食物」として食われていた。食物以外とはもっと断然凄まじい、そう君らが聞いたら失禁する程の、もう自殺スレスレの物質を口に入れていた訳である。もちろん並の人間は人肉を食らう時点で発狂する、つまり瑕瑾の早い段階で死ぬ(で、食われる)訳だから、食物以外という段階まで生き延びるのは全体の一割。で、その一割とはもう、超生命力と超精神力と超幸運と、といった感じの一種の超人であった。例えばそんな超人と一般人が対峙すれば、一般人は一秒で絶命必至なのだ。
彼ら超人たちは怒りに打ち震えていた。人肉食らいの業=地獄行きを覚悟してまで生き延びた今が、やっぱり生き地獄とはどういう事か。いくら大瑕瑾でも救いが無さ過ぎはしないか。彼らの腸は煮え繰り返ったが、瑕瑾=天災では怒りの「やり場」が無い。やり場が無いまま長期間、鬱積し続けた彼らの怒りの矛先は、奸商とか幕府とか、既にそんな所には無かった。ただひたすら「瑕瑾」という無益で理不尽なモノの存在、その一点にのみ向けられていた。
さて突然だが、そこに旅人が現れた。旅人は妙に艶々した顔つきで言った。
「やあやあどうも、私が瑕瑾です」
全員、息を呑んだ。瑕瑾という言葉に敏感になっていたし、それを軽々しく「どうも瑕瑾です」等と言ってのけるこの旅人は、何者なのか。続いて瑕瑾と名乗るその旅人は、旅券を見せ、間違い無く瑕瑾本人である事を全員に証明した。
全員、今度は武者震いを感じた。飽食の時代でさえ別に好まれはしない瑕瑾である。それが飽食どころか大瑕瑾の真っ最中に、しかも最大被災地の真っ只中で、そのうえ瑕瑾への憎悪が最高潮にある自分らの前でいけしゃあしゃあと宣言し、その自分らというのは一般人を一秒で絶命できる超人の集団だ。
瑕瑾大ピンチ!正にMy Favorite Death!
後半に続く。