第149期 #19
すっかり月の熔けた夜、辿り着けない金星にまで続く道を歩いていると、ランプを携えた灰色の三つ編み一つとすれ違った。三つ編み一つは心底眠そうな欠伸をこぼし、その途中で私を見つけると、どうするのが正解か迷ったふうな会釈をしたあと、すさっと口を閉じ、ちゃんと欠伸を完成させた。私が会釈を返すと、笑みのようなため息のような小さな音が聞こえ、そのまま三つ編み一つとランプは遠ざかっていった。
月灯りはもちろんなく、辿り着けない道に街灯が作られることもなく、ランプがないと不安だなとまったくもって今更なことを考えながら歩いていくうち、道の端に屋台の灯りを見つけた。
通りすがりついでに覗き込むと、屋台にはお好み焼きや焼きそばを作るための黒々とした鉄板があり、その上にさっきの三つ編み一つがちょこんと正座していた。ぴしっと音がしそうにランプを胸の前で掲げ、しかし時計の秒針が一回りするまで待っていれば、その手がランプの重みでぷるぷると震え出すところが拝見できそうだった。
足を止めた私に気づいた屋台の店主が、「焼きますか?」と聞いてきたので、私は反射的に「いえ、生で」と答えた。そうしなければいけないような気持ちで手を差し出すと、三つ編み一つはランプを鉄板の上に置き、指先を私のてのひらに置いた。それはもしかすると餌を啄む夜の鳥を演じたのかもしれなかった。
正座のせいで足が痺れていたらしく、三つ編み一つは屋台から降りるのに手間取り、私と店主の笑みを誘った。不服そうに、かわいらしくふくれるところにも、また誘われた。
鉄板に今度は三つ編み二つをのせようとしている店主と別れ、私は三つ編み一つと一緒に辿り着けない金星にまで続く道を進む。三つ編み一つの持つランプが道を照らしているので、灯りのない不安は解消されていた。
足元しか見えない、代わり映えのしない道を延々と歩いていく途中、「どこまでいくんですか?」と三つ編み一つが聞いた。
「金星までね」
私はそう何の面白みもなく答える。
「辿り着けませんよ」
「知ってるよ」
「……そうですか」
さほどの興味もなさそうに三つ編み一つは呟き、それからただ心底眠そうな欠伸をこぼした。