第147期 #11
夕暮れに降り出した雨に、父は「行ってくるか。」と玄関の傘を持って外に出た。
駅前にと母を迎えに行く、その背中は優しさに満ちていた。
定年を迎えた父は料理を趣味にとして、食材に少しばかりの散財をしている。
今日も訳もなく高い野菜や肉を買ってきたみたいで、また、母にと呆れられることだろう。
私は部屋の隅のテレビの液晶を見ながら、少しばかり欠伸をした。
涙が、目元から流れ落ちた。
もう何年、外にと出ていないだろう。
私の時計は止まったままで、それでいいとさえ思っている。
同級生たちは結婚をして子育て、または仕事を持っている。
私には何一つとして無く、石ころみたいにうずくまっているだけだ。
時折、このままではいけないと、そんな波も押し寄せてくる。
世の中は、不出来な人間には余りにも厳しい。
普通をできない人は、何をすればいいのか。
流れ去っていく時間を追いながら、置き去られるしかないのだろう。
無駄なのだ。
父親と母親の愛情に包まれている今が、壊れ去る前に去ってしまいたい。
この世界は、私には広すぎるし明るい。
そんなことを思っていると、玄関先に父と母の靴を脱ぐ音がした。
私は、まだ生きていたい。
理由は無けれども。