第142期 #11

 たとえばエロい弁当屋というものがあるとして、それは若い女が二の腕を露わにしているというものではなく、四十手前の女が口元には笑みをたたえながら、しかし誰とも目を合わそうとしないというものでなければならない。
 昼休みの四分の一ほどをうっかり仕事をして過ごしてしまった私は、急いでいた。急いでどうなるのかわからなかったが、六月の水曜の昼とあっては急がずにはいられなかった。それも給料の一部なのだという気がしていた。
 職場のそばにある小さな弁当屋を初めて訪れたのは、急いでいたからに他ならなかった。どこか寂しい雰囲気の漂うその店を、それまでは避けていた。
 今では珍しい、手動の引き戸を開けて店に入った瞬間、あっ、いけない、これはエロい弁当屋だ、と思った。エロい弁当屋ニューロンの発火という未知の事態に際して、いらっしゃいませと言われたかわからない程度に混乱した。
 後ろ手に戸を閉めると、六帖ほどの店内には、私と店番の女の二人きりだった。女の様子は見ないように努めた。エロい弁当屋だと直感させた何かがあるはずだったし、エロい弁当屋などというものは、平日の昼日中、仕事の合間に見るものではないからだ。
 もっとも、同じ店、同じ女であっても、夕方や休日に見たのではエロさはまた違ってくるし、その場合平日の昼間ほどエロくないのは確実だから、つまりエロい弁当屋というのはどうしても目の毒なのであって、大抵の弁当屋がエロくないのはそのためだ。
 弁当自体は普通だった。それを当然のことと考えるべきか否か判断のつかないまま、茄子の味噌炒め弁当を手に取って、金を払いに行った。
 すると、女をまったく見ないわけにはいかなかった。伏し目がちで、笑みをたたえた口元が赤黒いのと、顔色が悪いのが印象的だった。
 こちら、五百円です。アツイですね、と女が言った。
 それが暑いと言ったのだとわかるまでに少し時間がかかって、その分、五百円玉を出すのが遅れた。はい、と返事をした私は、終始ぎこちない客だった。
 領収書を寄越さないあたりもエロかった。
 ありがとうございましたという声を戸を引く音でかき消して外へ出ると、ちょうど街路樹が日陰を作っていて、少しも暑くなかった。吐きたくもない嘘を吐いてしまったようだったが、もとより私の給料の大半はそれで成り立っていたから、昼休みが、また少し、短くなったような、ものだった。



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