第142期 #12

子供たち

 子供に戻ったかのような晴れやかな気持ちで朝を迎えれば本当に子供に戻っていた。鏡に映る私はまさしく小学生のころの私で、その姿をまじまじと眺めて思わず吹き出してしまった。
 階下に降りれば母親もまた子供になっていた。当たり前だけれど私にとてもよく似ている。
「何だか馬鹿みたいな話よね」
 母親と私はお互いの姿を見合ってケラケラと笑った。こうしていると何だか仲の良い友達同士のような気分になる。かつて、私もこんな風に無邪気に笑える時代があったというのは新鮮な感覚だった。
 暫くして大学生の弟が起きてきた。彼もまた小学生の姿をしている。
「あら可愛いじゃない」
 母親がニヤニヤと言う。
「ふざけんなよ、なんだよこれ」
 そう言って不機嫌な表情を見せるのだけれど、何と言っても姿は子供なのだからまるで不貞腐れたようにしか見えない。その姿を見て私たちはまたケラケラと笑う。
 テレビをつけるとブカブカのスーツを着た子供のニュースキャスターがこの現象について説明をしていた。全世界的に人間も動物も昆虫もありとあらゆる生物が子供に戻っているが、原因は不明。子供服店では大規模な買い占めが行われている。スウェーデンではお菓子工場が子供たちに襲撃され大量のチョコレートが強奪された。とにもかくにも、慎重な行動を心掛けるように。
「おかしなこともあるもんだね」
「俺は講義がなくなって嬉しいけど」
「でも、姿が子供でも中身は大学生なんだからそのうち学校は始まるんじゃないの?」
「ああ、そうか」
 弟は残念そうに溜息を吐いた。私もぼんやりと職場のことを考える。つまらないルーティンワークと嫌味な上司たち。でも、今ならそれらも全て許せるかもしれない。何と言っても誰だって等しく子供なのだ。子供たちの子供たちによる子供たちのための世界。その言葉は私の中で甘美に響く。
「でも、いつまでも子供のままっていうのも何か間違っているのかもね」
 母親が笑いながら言った。何か戒められたような気がした。

 弟は欠伸をしながら部屋に戻り、母親は鼻歌混じりに皿洗いをする。朝はゆっくりと過ぎて行った。
 私は珈琲を啜りながら窓の外を眺めた。産まれたての朝に二月の気怠い陽光が降り注いでいる。さて、これから何が起こるのだろうか。子供みたいな期待に胸を膨らませて私は大きく深呼吸をする。でも、とりあえずもう少しだけ私も眠ろう、と深呼吸はいつの間にか間抜けな欠伸に変わった。



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