第142期 #10

小さな駅のロータリー

 バスに乗ったときには乗客は十人くらいだったのだが、出発するまでの五分ちょっとの間に人がどんどん増えてきた。二人掛けの窓側に座っていた僕のとなりにも男の人が座った。若いといっても三十前くらいのサラリーマンだった。今風の細いスーツに昔ながらの薄いかばんを持っている。あれではパソコンも入らないだろう。
 頬杖をついて窓の外を見る。バスは海岸に近づいたり少し離れたりしながら国道を走っていく。僕の座席は海とは反対側だから、すぐそばに崖がせまったり、遠くまで田んぼが広がったり、ときどき壊れた建物が点在したりするのが見える。空は曇っているが暗くはない。バス停が近づいてきた。
 田んぼだか野原だかに囲まれて、ぽつんと立っているバス停の標識に人が待っていた。おばあさんとおばさんだった。二人とも年相応の暖色系のカーディガンを着ていた。いったいこのバス停までどこからどうやって来たのだろうと思うほど、田んぼの真ん中だった。二人は特に話もせずにドアが開くのを待っていた。顔も知らないということはないだろうが、それほど親しくないのかもしれない。お互いに距離を保ちたいのか、どこか他人行儀に見えてしまう。
 バスに乗ってきたのはおばあさんだけだった。運転手と何か言葉をかわして、前から二列目の通路側に座った。外のおばさんは身動き一つしない。見送りというわけでもないだろうし、かといって、よそ者の僕でもこの路線には他の行き先のバスがないことくらいは知っている。運転手は何も気づいていないかのように、ドアを閉めてバスを発車させた。
 外のおばさんはうつむき加減で表情はよく見えなかった。バスが重そうに動きだすと、おばさんはそろりと右手をあげた。待ってくれとでも言うような、さようならと手を振るような、どこか悲しげなしぐさに感じた。おばさんの表情はやっぱりよく見えなかった。
 バスは少しずつ街中へと進んでいった。住宅街の近くを通る。スーパーや地元コンビニがちらほらと見られる。新しい建物のスーパー銭湯を過ぎて信号を曲がると小さな駅のロータリーが見えてきた。ここがバスの終着点だった。ここで皆、電車に乗り換えるのだ。
 音楽を聞いていた隣のサラリーマンはイヤホンをかばんにしまった。人が多いのでバスを降りるのにも時間がかかる。僕は電車の時間が気になったが、他の人も同じだろう。外に目をやると、誰かの銅像が威厳を保つように屹立していた。



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