第14期 #27
ドアを開けて部屋に入ると、黒ヤギは険しい顔をして、机の上を睨んでいた。右手にペンを持ち、左手でひげをなでている。
「郵便だよ」と僕はいった。
黒ヤギは僕の声に驚いて立ち上がり
「白ヤギから?」
といった。急いで僕のもとへやってきて、返事も待たずに手紙を奪い取った。
「もちろん」
「ああ、なんて書いてあるんだろう!」
黒ヤギは天井の遙か向こうを仰ぎ見るように歓喜の声をあげた。しかし、すぐさま苦悩に満ちた表情になった。
「返事はなんて書けばいいんだろう? もう何通ももらっているのに……、一通さえ読んでいない……それなのに」
黒ヤギはいまにも泣き出しそうな顔になる。やれやれ、と僕は椅子をひいて、座るようにうながす。黒ヤギは虚ろなまま椅子に座る。
「とにかく落ち着いて、珈琲でも飲むかい?」
黒ヤギは黙ってうなずく。僕はキッチンにいって珈琲豆を出し、ミルにかける。「メエエエエ!」
叫び声がして、急いで部屋に戻ると、黒ヤギは真っ青な顔で部屋に立ちつくしていた。口元には切手の切れ端がついていた。
「食べちゃった。何か食べれば落ち着くかと思って口に放り込んだら、手紙だったんだ、わあーん」
なんてばかなやつだ。何度同じことをくりかえせば気が済むんだ。
「逢いにいこう」
僕はいった。
「白ヤギに逢いにいこう」
それで、僕たちは出かけることにした。
赤い50ccバイクに二人乗りして、国道を飛ばした。
道半ばのところで、やっぱり赤い50ccのバイクとすれ違った。
そこでは、もうひとりの僕が運転をしていて白ヤギを後ろに乗せていた。あっという間のことだったのでよく見る暇もなかった。勘違いかも。
「ねえ、今のみたかい?」と後ろの黒ヤギに聞いてみたが、バイクの苦手な黒ヤギは目をつむって震えながら僕の背中にしがみついているだけだった。
白ヤギの部屋に着いて、黒ヤギは喜んでいたけど、僕の気持ちは暗かった。チャイムを鳴らしても返事はなかった。
「留守だよ。帰ってくるまで待とう」
「やっぱりだめだよ、いきなり訪ねるなんて。手紙を書くよ。なんて書けばいいかな。なにか、いい言葉はないかな」
「愛してる」
「え?」
「愛してる、と書こう」
どうせ食べられてしまうんだ。
だったら永遠に、何千回でも何億回でも、食わせてやろう。
「愛してる、か。いいね。それ、いいね。なんで思いつかなかったんだろう」
黒ヤギはうれしそうに、くるりとひとまわりした。