第14期 #26
山間の無人駅で私は列車を降りた。
小さな駅舎には、古机が二つ置かれ、壁に色褪せたカレンダーが貼ってある。村人が減っていくのに合わせるように、無人駅になっていったのだろう。
改札を通り、外へ出たところで、いきなり鴉が啼いた。
鴉は電柱のてっぺんから、こちらを見ている。私と眼が合うと、体を前に乗り出して、また啼いた。
鴉のいる電柱の下を通ると、柱に空缶が括りつけてあり、
「ここに乗車券をお入れください」
と貼紙がしてある。
使用済みの乗車券など、どうしようと勝手だ。そのまま通り過ぎると、鴉が威嚇する声になって、続けさまに啼いた。
私の他に降りた者はいなかった。日に二、三人しか利用していないのではないか。
歩いていると、黒い影が頭上を低く滑空した。あの鴉だ。鴉は私を飛び越して赤松の木に留ると、こちら向きになり、頭の毛を逆立て、吠えるように啼きだした。今度は思いを遂げるまで啼く気配だ。
鴉め、おまえは何を企んでいるんだ。どこかに巣でもあって、俺が近づくのを阻もうというのかな。
鴉にかまっている暇はないので、早足に奥地へと踏み込んで行った。
目標は、オセマラテ草の北限を調べることにある。これでも私は、植物学者ということになっている。
オセマラテ草の亜種らしきものを数本採集すると、列車の時間が気になって、踵を返した。
無人駅に戻って来ると、先程の鴉がまた啼き始めた。しかし今度は私の方を向いてではなく、体を線路と直角に向けて啼きたてるのだ。変な鴉だ。
来るときは気づかなかったが、駅舎の前には、底の浅い木箱が据付けてあり、
「鴉の駅長に、ご褒美の餌を恵んで下さい」
と貼紙がしてある。そうか。あの鴉は駅長なんだ。
なるほど今の啼声は合図だったらしく、程なく列車が入ってきた。
空いた列車に乗り込み、一息ついていると、車内をあの鴉が跳ねてきた。
鴉は肘掛に飛び乗ると、嘴を波打たせて啼きだした。餌を恵んで下さい、と貼紙があったのを思い出し、ポケットを探ってピーナッツの残りを摘み出した。
だが鴉は素知らぬ顔で、他にないかと頸をかしげている。仕方なくポケットにあるものを纏めて取出して広げてみせる。ハンカチ、タバコ、ガム、ライター、乗車券。
鴉はこれとばかりに乗車券を銜えと、出口へと跳ねて行った。
発車ベルは鳴り続けていた。ベルが止んで、列車は動き始める。鴉は窓の高さを気忙しく往ったり来たりした。