第13期 #23

司書の仕事

 午前零時の閉館後は、重い闇が図書館を支配する。背の高い本棚がフロアを仕切り、その迷路のような構造が闇を一層深く、悪意に満ちたものにする。司書室のドアからは僅かな明かりが漏れていたが、暗闇のなかに溶け出した途端、吹いて消えてしまうのだった。
 眠気と戦いながら司書が手にしている本は、図書館の歴史について書かれたものだ。毎年暮れになると、更新しなければならない。この図書館の歴史、それから統合される以前、世界に数多く存在した図書館の歴史を一冊に収めたもので、相当な厚さがある。暮れの作業では、この中から削除するべき項目を選ぶ。項目の数は規定されていてそれ以上に増やせないからだ。
 新任の司書は悩んでいた。わざわざ書き加えるような出来事はない。けれどもそれは許されない。毎年古いものを一つ削って、今年起きた出来事を一つ加える。
 歴史の古い図書館だから、重要な出来事で頁は埋まっている。内部の争いについては削れない。人事にいたっては、人名一つ削れば大変な騒ぎになる。こんなことだから、図書館の歴史にはかなりの偏りがあった。
 彼はぼんやりと目次を眺める。それから去年のものを削ろうと思いつく。去年だってたいした事件は起こらなかったはずだから。
 頁を繰ると、他の記述に囲まれ、肩身が狭そうだ。一行しかない。おまけに個人的な愛の詩といったところだ。なんでこんなものを。読むのも躊躇われて、消しゴムでごしごしと消した。
 すると部屋の奥で金属音が響いた。振り返ると時計の針が折れている。
 気のせいか息苦しく感じる。
 窓の外を鳥が落ちていく。
 胸のあたりが膨らんでいるので、どうしたことかと服の下を探ってみた指先は、ハート型のなにかをなぞる。ハート型のおそらくハートそのものであるものは、いまにもぼとっと落ちてしまいそうである。
 司書は素早く頭を巡らし、とりあえずの結論を得た。消しゴムのかすを払って書くべきことを考える。これが落ちる前に書かねばと思う。
 服の上から腕で抱えるようにしながら、司書は詩を書いた。
 途端にハート型のものは胸の奥に収まる。部屋の奥からコツコツと時を刻む音が聞こえる。
 司書は月明かりで照らされた庭を眺めた。さっき落ちたと思った鳥は、枝にとまって羽を休めている。
 娘の顔を思い浮かべ、小さく溜息をつく。今日も帰れそうにない。
 こうして新任の司書は、またひとつ、自分の仕事を覚えていくのだった。



Copyright © 2003 林徳鎬 / 編集: 短編