第122期 #8

審判

 もうすぐ抜け出せそうな気がしてるんだ。
「何から?」
 それは自分でもよく分からないよ。ただ、そこから抜け出せそうな予感だけは濃厚になってるんだ。
「仕事辞めちゃうとか?」
 どうでもいいよ。結果続かなくたって無理に残りたいとも思わないし。無責任って思われようがね。
「ずいぶん投げやりだね?」
 そうでもないよ。言い方がぶっきらぼうなだけで。本当は怖いよオレだって。でも、少し前に感じてた死にたいって気持ちは随分と和らいだんだ。
「それでも?」
 それでもだ。普通、うつにそんなこと聞くか?
「ごめん、ごめん」
 まぁ、診察してもらった訳じゃないから。でも明らかに心拍数上がったり、車ん中で叫んだりしてたからね。
「みんなそんなもんでしょ」
 そうかもね。誰にも見られてなかったらね。叫ぶね。
「殺した動機については?」
 通り魔殺人的な、刃物持って誰でもいいから刺してってのは……
(犯人はどうして冷静に判断できなかったんでしょうかねぇ)
(被害者に申し訳ないって気持ちに気付けなかったんでしょうか)
 うるせい。そんな冷静なこと考えながら人殺しなんてできねぇんだよ。
「極刑覚悟だったんでしょ」
 そこまでは考えてないと思うよ。そう、考えてないよ。でも殺す気持ちっての、殺す動機っての、少し分かるよオレ。結局どうしようもないっての? 言っとくけど、オレまともだからね。たぶん。
「情状酌量の余地はあると?」
(犯人にはこう言いたいですね。心を入れ替えて罪の重さを受け入れてくださいと)
(情状酌量を考慮してもわたしは犯人には極刑で罪を償ってもらいたいと訴えたいです)
 いいよ。その覚悟でやったんだから。
「でも死刑にはならないよ。一人だけ殺ってもね」
 取り返しのつかないことをしてしまってご遺族の方には誠に申し訳ないと思っております。償っても償いきれないことは百も承知ですが、それでも、それでも……(涙)って。獄中でマスターベーションでもしたるわ。反省してないのがそんなに悔しいのかい?
「あっ、お母さん? うんオレ。今までアリガトね。うん? 何でもないよ。うん……」
(あっ、大変失礼しました。番組中にケータイが……○○さんちゃんと切っておいてくださいって言うかマネージャーさん、マネージャーさんがちゃんと……)
 おふくろさんか?
「何か急に疲れちゃったよ」



Copyright © 2012 岩西 健治 / 編集: 短編