第120期 #10

十五歳の魔法

 東京の西にある住宅街だった。少年は中学校に通っていた。二十三歳の姉がいた。姉は少年に魔法を教えた。
「誰でも使えるの」
 十五歳を過ぎたならね。姉は付け加えた。私はまだうまく使えこなせていないけど、あなたなら上手にできるのじゃないかな。

 十五歳の誕生日に姉は少年を近所に近所の児童公園に連れて行った。淡い夕闇の中だった。姉は少年の頭を撫でた。
 そして魔法の仕組を説明した。十五歳になると、こうして頭の天辺に手を宛てると他人の哀しみを打ち消すことができる。
 少年は訊ねた。
「何の為にそんなことを?」
「世界の綻びを補修するために」
 姉は答えた。姉の顔は紅潮していた。
 魔法はこれで終わりじゃないの。哀しみを吸われた人は、吸われた分だけの悲哀を、あなたに対する信頼に変換することができる。これは十五歳を過ぎた者たちにとっての、大切な仕事なのよ。
 姉は公園の隅の砂場を指差した。試してみなさいと少年は促される。砂場にはこどもがいた。たぶん幼稚園児だった。
 少年は砂場へ向かって歩き出した。姉の言葉に対する疑いはあった。一人で砂山を作っていたこどもを憐れだとも思った。
 少年は砂場に踏み入り、こどもの頭を撫でた。
 姉の傍らに戻り、少年は言った。
「怯えられた」
「あの子は哀しくなんかなかったのね」
「魔法は姉さんの脳内世界でのみ使用可能だったようです」
 ひじょうに残念なことです。少年はうなだれた。
 姉は反論した。
「本当のことです」
 少年は姉の頬が再び朱く染まるのを見た。不器用な人だと思った。
 恰好つけなくてもいいです。
 少年は姉の特殊な自尊心を守る為にその言葉を喉元で堪えた。
「ケーキのろうそくの炎を吹き消すだけで仕合せだよ」
 少年は帰宅したい旨を姉に告げた。姉は抵抗した。魔法の効用を詳説した。この魔法は、細密画のように複雑怪奇な心を一年生で習う漢字のように単純なものに解きほぐしてくれる。それに練習不足だと、今こそ必要だという時に使えなくなるから。

 少年は言った。
「恋人と問題でも?」
「いいえ何も」
 姉は弾けるように歩きだした。公園の外へ向かっていた。少年も歩きだした。
 不意に少年は砂場を振り返った。視界にこどもが映る。こどもの母親らしき姿が隣に見えた。こどもは覚束ない調子で少年と姉の方へ手を振っていた。
 少年は些少の驚きを感じて姉を振り見る。姉もこどもの様子を確認していた。姉は無言で逞しく頷いていた。



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