第12期 #13

誕生日には幸運がいっぱい

 今日は私の誕生日で、人間で言えば四十歳ほどになる。私はスタジオの隅で、快調に進む撮影を見守っていた。ジェフは今日も天性の愛想の良さを十二分に発揮し、スタジオ中の人々の心を和ませていた。数週間後には、彼の写真が全国の犬好きの心を和ませることになるのだろう。私はそんな彼が家族の一員であることを、この記念すべき日に改めて誇りに思わずにはいられなかった。
「ハーイ」
 いつの間にか隣に現れたエリーが言った。ジェフへの親心が表に出てはいなかったか。私は照れ隠しに軽く鼻をかいた。
「やあエリー。どうだい、ウチのゴールデンボーイは」
「悪くないわ」
「おいおい、それだけかい」
「冗談よ。スタッフの態度を見れば分かるでしょう? 彼は時代に愛されたみたいね」
 エリーはどこか懐かしげな様子で撮影中のジェフを見つめた。憂いを含んだ横顔。すぐ隣にいるのでなければ、自然と溜め息が漏れるような眺めだ。私はジェフとエリーに巡り会えた幸運を神に感謝した。
「君にそう言ってもらえて安心したよ」
「あら、今のは私を誉めてるの?」
 エリーは私の顔を覗き込んで微笑んだ。下心が表に出てしまったか。私は照れ隠しに話題を変えた。
「君の方はどんな調子?」
「そうやってすぐ話題を変えるのは良くない癖よ。……私は順調。最近は撮影の仕事が多いわ」
 はいオッケー、とカメラマンの声がスタジオ内に響き渡った。ジェフの撮影は終了し、スタッフが慌ただしげに誰かを探し始めた。
「お呼びかしら。行ってくるわね」
 エリーは小走りにスタッフの元へ向かった。小柄な彼女の姿を見つけたスタッフが安堵の笑みを浮かべたのを見届けて、私は帰り支度を始めた。
「今日も絶好調だったな、ジェフ」
 帰る途中で声をかけたが、撮影で疲れきったジェフは一旦大儀そうにこちらを見て、またすぐにまどろみ始めた。もう一人前のプロだ。
「エリーの奴、今日は一段とおめかししてたな。なあジェフ、お前は彼女のことどう思う?」
 今度はもう、ジェフは微かに耳を動かしただけだった。
 電話が鳴り、私は車を道路脇に停めて携帯の画面を見た。思わず溜め息が漏れた。
「――やあエリー。珍しいな、君の方から電話だなんて」
「――今日は特別な日でしょう? ジェフの出世のついでに、お祝いしてあげるわ」
 眠った犬を起こさぬように気を使いつつ、四十二歳の中年男がハンドルを切る。慌てて駆け付けた私を見て、エリーはきっと笑うだろう。



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