第116期 #5

機械

 私が生まれ育った町には、町外れの丘に機械が存在していた。機械と言っても、今思えばそれが本当に機械だったのかは定かではない。あくまで、人々が便宜的に機械と呼んでいただけだったのかもしれないとも思う。
 機械は酷く歪な形状をしていた。それは何らかのオブジェのような建造物であり、或いはただ単に産業廃棄物の山のようであるとも言える。現代芸術のようなその様相は少なからず人々を不安にさせた。
 大人たちは概ね機械に対して肯定的だった。国からの補助による財政の潤いと経済の発展への期待であろう。しかし、祖母を含め老人たちは皆、機械に対して懐疑的だった。機械なんて何をしでかすかわからない。もちろん、それは老人特有の時代遅れの思考だったのかもしれないけれど、彼らの口調は何らかの確信を含んでいた。

 私は一度だけ機械の中へ入ったことがあった。ある時、普段は厳重に施錠されている入り口の扉がどういうわけか半開きになっていたことがあった。好奇心に駆られた私は迷うことなく機械の中へと一人侵入を試みた。
 機械の中は薄暗く、冷え冷えとした空気が充満し、狭い回廊が延々と地下へ続いていた。私は回廊をゆっくりと進んだ。歩く度に、足音がまるで木琴の音色のようにコツリと硬く響いた。
 暫く行くと、私の耳に幽かにある音が聞こえてきた。それは心音だった。はじめ、それは自分の心音ではないかと思い、自分の胸に手を当ててみたものの違う。確かにその心音は回廊の奥から聞こえてくるようであった。回廊を進むにつれ心音は強くなる。私はその心音に導かれるように、無意識に回廊を進み続けた。
「何をしている」
 ふいに声が聞こえ、びくりとした。私が振り向くとそこにはどこから来たのか一人の薄汚れた老人が立っていて、じっと私のことを見据えていた。私は老人の顔を見ると、ハッと夢から覚めたかのように我に帰り、一目散に回廊を引き返した。私は確かに心音に取り憑かれ、機械への恐怖すら忘れていた。しかし、それ以上にその老人の虚ろな目に言い知れない恐怖を感じたのだった。その目はまるで何かに生気を吸い取られたかのように虚ろで死の予感を孕んでいた。

 私はそれからというもの決して機械に近づくことはなかった。何年かして大学入学を機に都会へと出ると町に戻ることも少なくなった。しかし、機械は今も町に存在している。まるで、我々を静観するかのように町外れの丘に鎮座を続けている。



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