第116期 #4

気になるあの娘

あの娘がわたしの脳内にあふれている。あの娘はわたしの脳内に入ってきて、脳幹を揺さぶり、ぐちゃぐちゃにして、かじりついて、咀嚼したあと、さもまずいものを食べた時のように吐き出して、なお微笑んでいる。あの娘がいたのは、クレープ屋さん。わたしは甘いものが大好きで、甘いものを見つけたら、深く考えずに食べることにしている。たまたま見つけたクレープ屋さん、わたしがそこでチョコクレープを食べるのは当然。作ってくれたのがあの娘だった。手つきは非常に危ない。こげてしまうんじゃないかとも思う。実際少しこげている。あきらかに経験不足。そんな作り手をフロントマンとして出していていいのか、とクレープ屋としてはちと苦言を呈すが、わたしはすべてを水に流してしまう。わたし好みの娘が作っている。わたしはそのこげて様々な具がはみ出たクレープを嬉々として食べようではないか。娘は微笑んでクレープを渡してくれた。暖かい。なんて暖かいのだろうか。こんな暖かいクレープは見たことがない。わたしはすぐにかじりついた。味どうこうではなく、気持ちがおいしい。一生懸命作ったんだろうなという気持ちがおいしいじゃないか。わたしはただひたすらクレープを貪ったよ。娘は少し頬を赤らめていた。自分の不器用さを恥じているようだった。あ、あ、と吐息を漏らした。具合が悪いのだろうか。どこか具合が悪いのですか、と声をかけてみた。大丈夫です、あ、かぜです、と娘はさらに頬を赤らめた。娘のすぐうしろからちいさく男の声が聞こえた。男は、こんなに濡らしやがって、と言った。けなしているような口調だった。娘はごめんなさいごめんなさい、といってから、あ、あ、と吐息を漏らした。わたしは娘がかわいそうになった。いくらクレープ作りが下手だからってそんなに罵らなくてもいいのに。何か困っていることがあったら力になるから連絡しなさい、と娘に言った。だいじょうぶです、ああ、ああ、かぜをひいているだけです、ああ、ああ。娘の吐息がはげしくなった。うしろの男の声もはげしさをました。娘がすごく揺れている。娘は一定のリズムでぱんぱん揺れている。娘の吐息がすごく大きくなって、はあああ、ともうほとんど叫んでいた。そこでわたし、気づいちゃったよ。これ、猥褻映像だ。撮影だ。なんだ娘、仕事かア、気付いたらわたし、なんだかばからしくなっちゃってね、それ系の猥褻映像を求めて町を彷徨ったよ。



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