第11期 #9

波紋

「ランパブか」
迫水はブラインドを引き上げ、グラウンドの方を眺めた。体操服姿の女子高生が列を成して走っている。目を細めたのが夕暮れの日差しのせいか無数の脚のせいかは本人にも定かではない。
「しんどいな」
迫水が声をかけても、武志は椅子に座ったまま微動だにせず、じっと正面を見据えていた。
 父が脱サラしてランパブを開業すると言い出したのが三日前。一昨日半狂乱の母が父の頭を花瓶で殴りつけて家を出て、父が病院から戻ってきたのは前日の夜のことだった。武志はランパブ自体が俗悪に過ぎるとは考えていなかったが、かといって歓迎する理由も見当たらなかった。
「お前のところは確か妹がいたな」
迫水は椅子に座り直し、武志の視界へと収まった。頷くことすら億劫なのか、武志は口もほとんど動かさずに、
「はい」
と答えるのみであった。
 実際武志は憔悴していた。母は行方知れずのままで、これから毎晩小学生の妹と二人でランパブ開業への歩みを聞かされるのかと思うと、不安にならずにはいられなかった。しかし、それが家族のことを心配する故か、自分の体面を気にする故かは、武志自身にもまだわかりかねていた。
「教師の俺から何か言うのも変だしな」
迫水も困り果てていた。親の仕事がもともと怪しいもの、あるいは極道や水商売ということなら珍しくないのだが、在学中に開業するという例は扱ったことがなかった。彼自身は既に潰しの効かない年齢に達していたので、武志の父の暴走する行動力を羨んでいるところもあったのかもしれない。ただ非難すればよいとは思えずにいた。
 これがキャバクラか風俗店であれば、二人がここまで悩むことも無かったであろう。迫水も武志も、悩んだ先に辿り着いた袋小路は、なぜランパブなのか、という一点であった。
「なぜランパブなんだろう」
二人は同時に口を開いた。相手がその答えを持ち合わせていないことを知ると、失望の色を隠せなかった。
 せめてキャバクラならメリットがあるかもしれないが、武志は自分がランパブ嬢を口説く場面は想像もできない。
 中途半端に脱いでも何の慰めにもならないことを迫水ほど体験的に知っているものは多くない。迫水はまたグラウンドを見やった。極端な薄着には違いない姿で、若い娘たちが走っている。ランパブ嬢とそれほどの年の差はないはずだ。
 ブラインドを下ろし、迫水は溜め息をついた。そして呟く。
「ランジェリー。プラス、パブ……」



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