第11期 #10
一面に広がる白い砂の海岸で、潮風の騒ぎを無視してさまようカモメは敦子を馬鹿にしているようだった。
「ララバイ...てっちゃん。」
敦子の失恋レストランにまた新作が追加された。
砂の上に書かれた敦子の暴走族ばりの危険印太陽はいやらしいほど映えて写り、波が押し寄せても消して消えなかった。
敦子と鉄次郎の出会いは突然だった。敦子は二十歳になるまで宗教上の理由で鉄仮面をつけて育ってきた。
仮面姿の敦子は恋人はもちろん、友達もいなかった。一度こっそりと訪れた仮面パーティーでは仮面違いで失笑をうけた。
20歳のときにグレートサスケとのマスクを賭けた勝負に敗れ、鉄仮面をはずしたが、一人は変わらなかった。
一日中海を眺めること、それが敦子のすべてだった。
そんなある日、敦子に突然の恋が襲った。
一人で海を眺める敦子の前に昆布にからまった男が海岸に打ち揚げられた。
敦子は駆け寄った。男にはまだ息はあるようだ。敦子は必死に絡まる昆布をほぐした。
人とのコミュニケーションの取り方はわからない敦子は男が目を覚ましても黙って昆布と格闘していた。
「前世ラッコだったんだけど」
男が呟いた。
敦子は男のアニマルジョークに思わず拭き出し、潮も拭き出した。二十数年分の潮はいつもよりはやく満潮を呼んだ。
粘り気がある波が昆布のほぐれた鉄次郎をさらっていった。
「あんた名前は?俺は鉄次郎」
叫ぶ鉄次郎に敦子は叫んだ。
「私は敦子。あなたが好き」
波間に見える鉄次郎のいきり立った親指を敦子はずっと見ていた。
夕日が沈むの見届けると敦子は立ち上がった。海岸には鉄次郎とともにやってきた昆布が腐り始めていた。