第11期 #11

後部座席劇場

 車の中。煙草のにおい。あたしは後部座席にぐったりしていた。車に酔うのだ。
 運転席に父親、助手席に母親。ぐったりしている娘を気にもとめず、母親は軽く窓を開けて煙草を吸っている。前に座るこの二人、あたしの両親はもうすぐ離婚するらしい。そんな話を一週間くらい前に聞かされた。
 で、ドライブ。「三人家族の最後の旅行」ということらしい。どっちでもよかったんだけど、まあ付き合いでここにいる。でも後悔。父親のイライラと乱暴な運転をしていた。母親は煙草を吸っている。最後だからって無理するんじゃなかったとつくづく思う。世界が滅べばいいのに、とか思うのはこんなときだ。あたしはそっと目を瞑る。


 ふいに車が止まった。目を開ける。すぐ横に歩道。前の二人が言葉を交わしている。母親が何かを言ってきたので、あたしは「何でもいい」と答えた。コンビニに寄るらしい。助手席のドアが開いて、閉まった。
 あたしは親戚の家に行く。そこで暮らしていく。父親も母親も選ばずに、でもそれが一番マシな気がしたから、そうした。


 会話はない。まだ母親は戻ってこない。
 ぼんやりと眺めていた窓の外に、「ガリッ」と、そんな風景。
 自転車。車のサイドミラーに、微かな傷がひとつ。自転車の上の少年が、青くなってブレーキをかけた。
 ……行けばいいのに、と思う。
 すぐに父親が、運転席の男が少年を怒鳴りつけた。少年はさらに青くなる。男は調子に乗り、さらに嬉々として怒鳴り続ける。
 コンビニ袋を持った女が戻ってきた。女は男と言葉を交わす。と、彼女もまた嬉しそうに少年に絡みはじめた。


 ため息をつく。
 この人達はどうして別れたりするんだろう? こんなに気が合ってるのに。こんなにそっくりなのに。
 泣き出しそうな少年……。
 あたしは息を吸う。呼吸をする。呼吸の仕方をときどき忘れてしまうのは、まあしょうがないことだ。言葉を選び出して、ゆっくりと声を出す。どきどきする。


「…………」


 男と女は顔を見合わせ、困ったような苦笑いのような、そんな表情を見せた。少年は戸惑っていて、でも、あたしを見るとぎこちなく頭を下げた。




 父親の運転は多少マシになった。母親は煙草を吸うことも忘れ、ミラー越しにあたしの様子をちらちらと覗いている。
 あたしはそう悪くない気分だった。そう悪くなくて、それでいいような気がした。


 だからまあ今んところは、世界は滅ばなくてもいいことにしておいた。



Copyright © 2003 西直 / 編集: 短編