第104期 #18

蜜葬

 恋人だった長沢美智が死んだのは二日前のことである。突然のことに激しく動揺し、みっともなく取り乱したものの、私の精神状態に頓着することもなく、時間と社会は稼働を続け、親族の手によって美智の葬式が、実家である岩手の寒村で行われることになった。 本来ならば親族だけの密葬が慣習らしいのだが、特例として私も呼ばれることになり、電車を数えきれぬ程乗り換え、揺籃の如きバスに乗り続け、漸く目的の村に着くことが出来た。
 冗談のように天高く聳える岩山の麓に、その村はあった。こぢんまりとしており、痩せた段々畑が多く、過疎化が深刻な問題となっていそうな、まさしく寒村という表現がピタリとくる村である。私は徒歩で彼女の家に向かいながら、自分に向けられる好奇と疑心の込められた視線に辟易せずにはいられなかった。ヨソ者が余程珍しいらしい。
 村民の暗い眼から逃れるように彼女の実家に飛び込むと、時間が迫っていたらしく、すぐに葬式は始まった。涙を流す暇もなく、あっと言う間にそれが終わると、村の若者と思われる青年たちが、いきなり美智の棺桶を担ぎ上げた。そのまま、棺桶は家の外へ運び出され、それに親族達も続いた。坊主が先頭となり、この一団は山へ山へと進んでいった。訳が分からないまま私は後に続いた。
 三十分程歩いていると、山腹の辺りで行列は停止した。眼前には古いお堂があり、観音開きの戸が音もなく開くと、中には二つの大甕がドンと置かれていた。棺桶がお堂の中に運ばれ安置されると、やにわに青年たちが甕の中のモノをそれに注ぎ始めた。私が驚愕に硬直している間にも、甘い芳香を放つ琥珀色の液体は、眠るように死んでいる美智の身体を濡らし、覆っていった。棺桶の縁まで液体が満たされると、蓋が閉められ、釘が打ち付けられた。そして、それはお堂のさらに奥の戸から洞窟らしき穴蔵へと移動させられたのだった。
 私は彼らの後にフラフラとついていった。どれくらい歩いたものか、気がつくと、私は広大な空間に出ていた。そこで私は見たのだ。自然が造り出した巨大伽藍の中に整然と並べられた、千体近い黄金の仏像達を。だが、眼を凝らして見れば、それが造形的に仏像でないことがすぐに分かった。それは人間だった。黄金色の琥珀に塗り固められた屍体だった。私は理解した。美智の棺桶に注がれていた物の正体を。あれは樹液だったのである。
 彼女は蜜葬に付されたのだ。



Copyright © 2011 志保龍彦 / 編集: 短編