第104期 #19

『エコーエコー』

 外ではエレキ車がパイプラインを通っているけど、誰も動力のことには興味がない。街の中心に立つ天候制御の塔からは、四六時中、放熱スモッグが焚かれているけど、誰もその熱が都市の枢軸気温を毎年0.001℃ずつ狂わしていることを知らない。私も知らない。もしかするとスタディボードに時々書き込まれる“嘘”なのかもしれない。管理局の統制がスタディボードを見張っているけど、目をかいくぐって何処かの誰かが書き込むの。ありもしない噂話に、作り話……。けど、大人たちは知ってる。“嘘”もジツヨウセイがあれば、生活の一部になるってこと。
 三丁目にあった古道具屋が消えて、向かい側の映画館もなくなった。古道具屋のおじいさんに聞いたら、ゴラクのキボが縮小されているらしくて、どうして、と聞くと、おじいさんは笑っただけで返事をしなかった。売れ残りの中からほら貝を受け取って、私は帰宅した。おかあさんはいい物をもらったわね、と知った風な口ぶりだけど、何に使うのかきっと知らない。
 管理局の空色調整課で働くおとうさんが夜になって帰って来ると、明日には東の空の星星が五インチ四方分消えることになると言っていた。どうして、と訊ねても、おっとシュヒ義務シュヒ義務と言葉を濁す。夕飯が終わった後は、明日分の宿題をスクールボウドに書き込んだ。クラスの子から答え教えてとメールが来て、宿題のファイルを公開してしまいそうになったけど、シュヒ義務だからと断った。ボード上から友だちの姿が消えるのを見計らい、ベッドの下に隠しておいたほら貝を取り出して、そっと息を吹き込む。貝の表面はオイルを塗りたくったようにきらきらしているけど、実際は砂をまぶしたようにざらざらで、その触り心地は決していいものではない。
「……それでね、聞こえますか」
 ほら貝に囁けば私の声が反響してくる。何度か繰り返していくと、それは渦を巻くように歪みはじめて、星星の見える窓辺に気を逸らしながら、かすかな電子音が聞こえてくるのを待つ。

 ほら貝をくれたとき、おじいさんが言っていた。
 これはね、宇宙のハテと交信できるんだよ。
 ハテ?
 そうだね……H、A、TEだね。

「教えてください」
 ほら貝の奥、コーヒーに砂鉄を溶いたような闇の向こうに、螺旋状の銀河が緩やかに廻る。
「どうしてこの世界はこんなに幸せなのですか」
 ほら貝は答えてくれる。
 宇宙の片隅に、不幸せな星星があるからだって。



Copyright © 2011 吉川楡井 / 編集: 短編